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浦和レッズ・槙野智章「広島サポーターからすれば『クソ食らえ』でしょう」

[2012年03月13日]

今季から浦和レッズに加入した槙野。ドイツリーグから1年で帰ってきた理由、そしてなぜ浦和を選んだのか、正直な胸の内を語る

「1年で戻ることに恥ずかしさもあった」

浦和レッズが勝てないJリーグ。それは大げさでなく、日本社会が“世界レベル”を喪失することを意味する。2008年には世界19位の1試合当たり4万7609人だったホーム観客動員数は、J2降格の危機に瀕した昨季、3万3910人にまで減った。

復活を期す今季、チームに“世界”からのタレントが注入された。

「チームを変えたい。ゴールに飢えているから、決めていきたい」

そんな大胆宣言とともに新加入したのが、日本代表DFの槙野智章(24歳)だ。ドイツの人気クラブ、1.FCケルンからの1年間の期限付き移籍。つまりは“欧州からの1年という期限での国内復帰”。日本サッカー史上、例のない形でJリーグに舞い戻ってきた。

07年にサンフレッチェ広島でブレイク後、09年に日本代表に初選出。守備のみならず、攻撃の始まりとなるパスセンスが評価されてのことだった。また、ゴール後のパフォーマンスや、メディアの前で見せる明るいキャラクターでも名を上げた。そんな活躍が認められ、10年末にはドイツの人気クラブ、ケルンに完全移籍を果たした。

しかし、これと前後して、ちょっとツイていない時期に入ってしまう。まず、11年1月、日本代表が優勝したアジア杯のメンバーに選出されるも、大会直前のケガで離脱。続いて、8月に開幕したドイツのシーズン前半戦では17試合中3試合の出場にとどまる。

だが、それでも欧州での、ドイツでの挑戦を続けると思われていた。昨年夏、ある雑誌のインタビューでは「試合に出られないからって、ほかの国には興味ない」「やすやすと日本に帰るのも嫌」とまで語っていたからだ。

なのに、なぜJリーグに戻ってきたのか? それも熱い愛情を受けてきた故郷・広島ではなく、浦和を選んだ理由とは?

――まずお聞きします。Jリーグ復帰を決めた理由とは? 少し意外な決断でした。てっきり、欧州での挑戦を続けるものだと……。

槙野 もちろん、自分がやりたい場所、目指しているものは今でも変わりません。欧州の地です。ただ昨年、ケルンでは出場機会に恵まれなかった。そんななかで、ある一点を基準にして新たなクラブを選ぶことを決めました。俺が一番輝ける場所はどこかと。レンタルでの移籍の希望をクラブに伝えた後、この点をストレートに考えましたね。そして、ドイツのクラブからもオファーがあったなか、浦和レッズを選びました。

――ケルンは、近年は低迷状態ですが、チャンピオンズリーグの前身のチャンピオンズ杯でベスト4入りしたこともある名門クラブ。そこを去りがたい気持ちはあったでしょう。一方で次のステップを考えるなら、オファーを受けたドイツの別のクラブでの挑戦を考えるのが自然です。差し支えなければ……どんなオファーがあった?

槙野 3クラブから正式に話がありました。全部、ドイツ2部です。ただ、すべてのクラブの試合を見て、監督やGM(ゼネラルマネジャー)とも話したんですけど、自分のイメージとかけ離れていたんですよね。どこも2部の下位にいて、目標は3部降格阻止。守備的な試合展開から、カウンターアタックを狙っているという。もちろん、俺が輝くための第一条件、出場機会は得られそうな見通しだったんですけど……。

――“一番輝く”という基準に合わなかったと。

槙野 そうです。それと合わせて、なぜ俺が広島からドイツに行けたかも考えました。自分を表現できることが一番の理想ですからね。守備ができて、攻撃もできて、なおかつそこからゴールも狙える。これは俺をケルンに呼んでくれたSD (スポーツ・ディレクター)の(フォルカー・)フィンケさん(元浦和監督)が評価してくれたポイントなんです。

――欧州の冬の移籍期間は1月1日から31日まで。どの段階で浦和からオファーが?

槙野 昨年12月中旬頃に、浦和から最初のコンタクトが代理人にありました。ペトロビッチ新監督の就任後ですね。広島時代に自分を育ててくれた縁から、彼が口頭レベルでの誘いをくれたんです。でも、そのときは断りました。まだ、気持ちは欧州にあったから。その後、1月に入っても悩んでいるなかで、再び浦和から話をもらった。そして、話を聞くなかで、気持ちがグッと傾いたんです。今、自分に必要な“薬”は、ペトロビッチ監督の下、浦和でプレーすることだと。

――決断はリスキーなものでもあります。欧州での成功を目指す以上、たとえ2部リーグや小国のリーグとなっても、欧州のマーケットに身を置くことが重要。サッカーの世界ではそう考えますよね?

槙野 それこそ決断する前の2、3日間は食べ物もノドを通らないし、夜も眠れませんでしたよ。周りの意見は「2部でもドイツに残るべき」というものでしたし、自分自身も1年で戻ってくることに恥ずかしい思いもあった。今でも怖い部分はあります。でも、ケルンのフィンケさんからは「日本で成長して戻ってきてほしい」と声をかけられました。

――Jリーグ復帰するクラブが、古巣の広島ではありませんが、そこは悩みませんでしたか?

槙野 悩みました。代理人を通じて広島にも話をしたのですが、残念ながらオファーはいただけませんでした。それでも広島サポーターには申し訳ない気持ちはあります。サポーターからすれば「クソ食らえ」でしょう。ケルン移籍時に、広島駅まで見送りに来てくれたサポーターもたくさんいましたから。でも、ポジティブすぎる考え方かもしれないけど、非難の声も愛情ととらえたい。成長した姿を見せて、恩返ししたいです。それにやっぱり、自分は一サッカー選手としてうまくなりたいという思いが強い。結果を出せなかった欧州に再挑戦する近道は、ペトロビッチ監督の下でプレーすることだと思います。サッカー選手の寿命は短いですしね。

「球際の強さには注目してください!」

――今回の移籍にあたって、欧州にいるほかの日本人選手に相談したりしたのですか?

槙野 いや、最後はひとりで考えましたよ。ただ、車で1時間くらいの距離に同世代の日本人選手たちがいる環境は恵まれていましたね。日本の方には「(群れすぎとういう意味で)しょっちゅう会いやがって」と思われていたかもしれませんけど。試合に出ている選手、出ていない選手が「今日は練習で誰とケンカした」とか「おまえ、このドイツ語知ってるか?」とかいろんな話をして、リラックスしつつも、お互いが刺激し合えるような関係でした。一方で、あのなかでドイツ人のチームメイトとよく食事に行ったりしていたのは自分と香川(真司)でしたね。

――そんな環境からJリーグの浦和へ、ペトロビッチ監督の下へと戻りました。彼の魅力とは?

槙野 周囲は「パスサッカー」という表現をしますけど、しっかりと最終目的であるゴール(得点)を意識して戦う監督ですね。監督からの言葉で一番心に響くのは「人間は走れるものだ」です。これには(単純に走れという意味ではなく)裏の意味があって、単に100mを「走れ」と言われれば走れる。でも、10mを考えながら走るのは難しい。サッカーではそちらのほうが必要だということなんです。頭を使いつつ、走る。この重要性を教わっています。

――浦和サポーターの印象はどんなものですか?

槙野 ひと言で言えば、相手にすると嫌、味方にするとものすごく心強いという印象です。ホームでのブーイングは、欧州のスタジアムと遜色ないレベルですよ。しかも、やみくもにやるんじゃなくて、引き分け、負けの内容も見極めてやっている。ドイツで感じたものと近い雰囲気がありますね。

―浦和での目標は?

槙野 明確な目標は立てていません。もちろん、すべてのゲームを勝つためにやるし、ゴールを狙うし、優勝を目指しています。でも、昨年の結果(15位)を考えると優勝とは言い切れない。まずはサポーター、フロント、選手が一体になって戦う雰囲気をつくりたいですね。それが外から見てきた浦和の力であり強さですし。個人的には、欧州で磨いてきたプレーを見てもらいたい気持ちはあります。守備時の球際の強さ、ボール奪取力、そこ! 試合に出られなかった分、自分と向き合いながら、執着して磨いてきた部分なので、ぜひ注目してください。

インタビュー終了後、槙野がポロッと聞いてきた。「いい話、取れましたか? 大丈夫ですか?」と。こんな心配をしてくれる選手はそうそういない。素直な彼の「レッズの選手の能力は高い」という言葉は信じるべきだろう。いわく「ドリブルがうまい選手が多いから、そこにペトロビッチ監督の目指すパスが入ってくれば、いいサッカーになる」と。

日本一の人気クラブが、魅力的なサッカーを展開し、結果も残せば……世界規模の赤い熱狂が復活する。そこには「ゴールを決めて、守る」槙野の姿が見られるか。

(取材・文/吉崎エイジーニョ 撮影/ヤナガワゴーッ!)

槙野智章(まきの・ともあき)

1987年生まれ、広島県出身。24歳。広島ユースを経て、2006年にトップデビュー。11年1月にドイツの1.FCケルンに完全移籍するも、出場機会を求めて今年1月に1年間の期限付き移籍で浦和に加入。果敢なオーバーラップを見せる攻撃的DF。身長182㎝、体重77㎏。


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