週プレNEWS TOP ニュース エンタメ ファミコンの創造神・上村雅之「ゲーム&ウオッチには勝てないと思っていました」

ファミコンの創造神・上村雅之「ゲーム&ウオッチには勝てないと思っていました」

[2013年04月27日]

俺たちをトリコにしたファミコンの創造神、上村雅之氏に30年前の開発秘話を直撃!

1983年に発売されてから今年で30周年を迎えたファミリーコンピュータファミコン。そこで、ファミコンの設計者であり開発責任者であった任天堂の上村雅之氏に、直撃インタビューを行なった。

■ファミコンの色は社長のマフラーの色?

上村さんがファミコン開発に着手したのが1981年とのことですが、どういった経緯で開発を?

「私はアーケードゲームの開発部にいたんですが、当時の社長(山内溥[ひろし]氏)から『家のテレビでアーケードゲームを遊べるものを作れ』とお達しがあったんです。うちはアーケード版の『ドンキーコング』などが当たっていましたからね」

相当な勝算があったんですね~。

「いいえ、勝算なんてありませんよ。あの頃は『ゲーム&ウオッチ』が売れに売れていたので、うちの会社はゲーム&ウオッチでやってくんちゃうの?って思いましたからね。持ち歩けてどこでもできるというゲーム&ウオッチの長所は、やはり素晴らしかったので」

そこへいくとテレビでゲームをするという発想は、その長所をまったく生かせないことに。

「そうなんです、持ち運びできないテレビを使わなきゃあかんというのはすごく不便だろうと。しかもその頃は、ゲーム&ウオッチの部署に人材をどんどん引き抜かれていて、うちのチームは3人しかいなかったんです。もう敗軍の将みたいな状態のときにそのミッションが下されたんですよ。開発初期に自分が書いたメモ帳が残ってたんですが、そこにはまぁ将来に展望がないとかなんとか、愚痴のような悲観的なことばかり書かれてました(笑)」

まさかそんな背水の陣でファミコンの開発がスタートしたとは!

「当時、アメリカで『Atari 2600』という家庭用ゲーム機がヒットしていたので、最初はそれを参考に作ってみようかと、ちょっとずるいことも考えていて(笑)。でも『Atari 2600』は、残念ながら技術的にはまったく参考にならなかったですね。もうそこからは開き直りで、アーケード並みにクオリティの高いものを作ってやろうじゃないかと決心したわけです」


“魔法使い”になれるなんてウソだった!(涙)

連載コラム

Column

    連載コラムを見る

    人気記事ランキング

    もっと見る

    MOVIE Channel

    【動画】奇跡のウエスト51センチ“さのひな”が週プレnetに再降臨!

    もっと見る

    Back Number

    • No.18 May 5th 2014
    • No.17 Apr 28th 2014
    • No.16 A pr 21st 2014
    • No.15 Apr 14th 2014

     

    Gravure Gallery

    もっと見る

    新刊のお知らせ

    • キン肉マン 46巻
    • たいようのマキバオーW 10巻
    • /Blush-DC ~秘・蜜~ 3
    • 安くてもスゴイ! ジェネリック家電の世界
    • 吉木りさと学ぶ大人の作法
    • 浅田次郎〜浅田次郎最初で最後の人生相談〜『世の中それほど不公平じゃない』
    • みうらじゅん&宮藤官九郎『どうして人はキスをしたくなるんだろう?』

     

    プレイボーイコミックス