全国に顧客を持ち講演に営業に駆け回る“中小の星”カリスマ社長、中里良一氏

頑張った社員は嫌いな取引先を切る権利をもらえる、社員が夢を語る「夢会議」、すべての基準は“好き嫌い”……。斬新な制度を導入し取引先を拡大し続ける群馬のバネメーカー・中里スプリングが“日本一楽しい会社”と呼ばれる理由とは? 中里良一社長に聞いた。

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洗濯バサミから新幹線の車両まで約7000種のバネの設計・製造を手がける中里スプリング製作所。社員20名という中小企業にして全国47都道府県に1600以上の取引先を持つスゴ~い会社なのだ。

さらに驚きなのは「一番頑張った社員には“嫌いな顧客との取引をやめていい権利”を与える」制度。また社員が夢を語り合う「夢会議」など独自の理念も注目され全国から講演や取材依頼が殺到しているとか。そんな会社ってあり得るの?……てわけで中里良一社長(61歳)を直撃したらマイカーで送迎までしてくれました!

「いやぁ、うちはホントに恵まれてて実力の100倍、200倍の評価をいただいてるんですよ。でも、うちと他社さんの違いは、正直たったひとつしかありません。“判断基準”が違うってだけです。日本の9割以上の会社の判断基準は損得ですよね。うちの場合、それが“好き嫌い”なんです」

でも、好き嫌いで取引をやってたら経営が成り立たないのでは?

「32年前に『イヤなお客さんは断る』って始めたときは先代の父親含め周りの人全員に鼻で笑われました。『小さな会社がそんなことやったら生意気だって噂が広まってひとつも仕事がもらえなくなるぞ』って脅かされましたし。でも僕はバカだから『10件断られるなら先に10件仕事を取ってくりゃいいだろ』って思ったんです(笑)。そこからは一貫して“好き嫌い経営”をやってますね」

でも、すべてを“好き”でやるのって難しそうですけど……。

「僕は好きな会社に入ったら仕事を好きになる努力をするべきだと思うし、そのほうが会社に必要とされる“やり手”になれるはず。好きでやってれば『負けたくない!』って頑張れるでしょ? 嫌いな仕事を我慢している人は、好きでやってる人に勝てないですから。

その好きな仕事をやる上で、非常識だったり商道徳に反するような、どうしても好きになれないお客さんをお断りするんです。もちろん、うちにとってもお客さまは神様ですよ。ただ“神様を選ぶ権利”はあると思う。儲かるとかじゃなく、人として尊敬できないお客さんに尽くしても喜びは得られませんが、尊敬できて好きなら尽くすことを楽しいと思えるし、やりがいのある仕事を愚直に頑張れますからね」

では、採用基準も“好き嫌い”だったりするんですか?

「まずは好きか嫌いか。あと、採用通知をしたときに一番いい笑顔をしてくれそうな人を選ぶ。うちは社員と僕のお互いがファンクラブなんです。僕は社員が大好きだし社員も僕をいいと思ってる。だから、お互いのために頑張れる。曖昧だけど一番ぶれない基準です」

おぉ……そこまで“好き嫌い”で徹底できたらすてきッス!

「20人前後の規模だから実現できるのもあるんですけどね。だから会社って必要以上に大きくしないのも技術なんです。人・設備・場所が足りなくなるとすぐ規模を大きくしようとするけど、実際は膨らんだ風船のように肉厚が薄くなって経営してることに気づいてない。忙しいから人を入れて『仕事がなくなったら切ればいい』なんて単純な発想になっちゃう。

でも、うちでは何人使っていくら売り上げたかなんてステータスにはなりません。経営者が幸せにしてあげたい人数が適正規模。小さいから社員ひとりひとりに愛情をかけられるんです」

ちなみに、社員は28人以下と決めているそうですが……?

「実は28って僕の欠点の数なんです(苦笑)。最初の頃に社員の前で自分の欠点を28コ書き出して『僕の欠点を補ってくれるのがみんなの役割ね』って話をして。僕が0点の科目を100点取ってくれる人がうちにとっては優秀な社員なんだと。みんなに“オンリーワン”であってほしいんです」

平成元年に「47都道府県にお客さんを!」と夢をスタートさせ一昨年ついに達成。全国から呼ばれる講演は「あとは奈良県だけです!」

同じ名字の社員も採らないと聞きましたが、ホントですか?

「極端な話かもしれないですけど“名前がかぶる=個性がかぶる”ということ。実際、『給料半分でもいいからウチに入りたい』って人が来たこともあるんですけど、社員と名字がかぶってたからお断りしました。みんな同じ名字なら1号、2号って番号つけて逆に取引先に覚えてもらえるのにとかね。いいかげんな会社ですよね(笑)」

■うちがめざしてるのは日本で一番楽しい会社!

もうひとつの特徴的な制度が、毎月行なわれている「夢会議」。ひとり3分ずつ会社での夢、個人の夢を話してもらうのだとか。

「僕は、会社は自己実現ができる場所であるべきだと。だから夢を語ってもらうし、その実現に向かって何歳までに何をやるかという『夢年表』を全員に作らせます。それから、男性社員は入社してから僕が決めた年数以内に土地を買って家を建てないと辞めてもらうという決まりもあるんです」

えっ……それはまた厳しい!

「小さな会社にいるから家を持てないなんてイヤじゃないですか。小さいからこそ、大手さんと限りなく同じくらいの生活をさせてやる。そうすればもっと気持ちが豊かになるでしょ? そういうとこで負け犬になってほしくないんですよ。

頑張る社員を幸せにしてあげたいから役職も希望者制にしてますしね。係長以下の役職は無条件・無審査で2階級特進までOK。入社2年たてば誰でも立候補できる。お客さまも希望者制で担当を決めて、給料も希望の額を社員に自己申告させてます」

それはそれで身の丈に合わない要求をする社員が出てきたりは?

「自分と上司の評価にギャップがある場合ですね。それが“うぬぼれ”。それを防ぐために『自己チェックシート10か条』があって『自分は会社にとってどういう存在なのか?』『給料はどんな要素で決まるのか?』『自分に欠けているものは?』などを考えて書かせて自分のレベルをつかんでもらうんです。人って他人に評価されると不満を持つけど、自分で下した評価には責任を取らなきゃいけないでしょ。いいかげんなことを言えなくなるんですよ」

巨大魚(写真)や天井に届きそうなキリンなど工場内の至る所に社員が作ったバネ作品を展示。これも話題でメディアに取り上げられる

その自己チェックの作業はけっこうツラそうですね……。

「でも、そうやって頭を使って考えて、会社の中で自分が100点を取れる場所を見つけないと仕事を楽しいとは思えない。『代わりはいくらでもいる』人生ほど寂しいものはないですから。もちろん、僕も社員の個性を見逃さずに評価できるよう常に観察してますよ。ただ、うちは給料の金額だけで社員を幸せにしてあげるのが無理なのも現実。だから一番頑張った社員には『嫌いな取引先を断る権利』とか『社内の機械設備、資材を使って好きなものを作れる権利』って豊かさをトッピングしてあげたり。

あと、社長にどう思われてるかが社員の興味対象だと思うので、月イチでタイムカードの横に『僕が好きな社員ベスト10』を書き出すことも(笑)。もちろん仕事ができる順番ではなくいろんな基準でね。そうすると二十数人しかいないから、2年ほどたてば全員を一番にしてやれる。この“一番にしてあげる”のが大事。社員のメンタル面を考えるのが小さな会社の必勝法なんです」

中里スプリングがすごい理由がわかった気がします! では最後にズバリ、“いい会社”とは?

「ほかにない=オンリーワンがいい会社。だからうちは『日本一楽しい会社』を目指してるんです。他社の99パーセントは儲けることですからね。でも“楽しい=ラク”ではなく自分の仕事に愛情をかけるということだから、ほかの人が考える何十倍も頑張らないといけない。

『取引先をお断りする権利』も楽しい会社をめざすためのものですけど、1件お断りすれば新しい出会いが30件あるぞと新規開拓に走りますから。うちは社員に製品作りに専念してもらうため営業は僕ひとり。全国に講演に行くのは、交通費がかからずにその周りの飛び込み営業をかけられるためでもあるんですよ(笑)」

常にポジティブで前向き!

「結局、“好き嫌い”って一番曖昧なようで一番狂わないんです。正しい生き方をするために持って生まれたセンサーというか、そうすればいい社員、いいお客さんと巡り合えるし楽しく仕事ができると信じてます。やる気さえあればうちみたいな小さな会社はいくらでも入れるし、ほかで務まらない人でも受け皿になれるのが町工場。勝負する土俵を間違わなければ皆どこかで絶対一番になれますよ」

●中里良一社長東京の商社に勤務した後、24歳で父親の会社が不振のため転職。33歳で後を継ぎ2代目社長に就任。その経営方針は多くのメディアで話題に。「社員数の上限の28は鉄人28号のファンだからっていうのもあるんです(笑)」

(取材・文・撮影/樫田秀樹 short cut[岡本温子、山本絵理])