若松秀夫専務。東北の被災地支援活動にも熱心で宮城県知事からは感謝状が。「当たり前のことをしてるだけ」とサラリ謙遜する

社員を大切にするのは当たり前、取引先の人間をもここまで懇切に受け入れ、実質、定年も無期延長。東北の被災地のみならず国外への災害支援も忘れない偉い会社とは?

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写真を撮ってもいいですか?とカメラをかざしてジェスチャーで頼むと、笑顔でどうぞと応えてくれた。西山國夫さん(69歳)は生来、耳と口が不自由でコミュニケーションは手話に頼るしかなかったが、2年前に正社員として就職したのが協和の千葉工場(千葉県野田市)だった。

障害者は多くの場合、その就労が一般社会との接点の少ない場所に限られてしまう。それを繰り返していた西山さんは67歳(!)にして、ランドセル製造では業界第2位の協和への就職を希望した。野田市役所からの紹介で面接した小森規子工場長は西山さんの「どうしても働きたい」との意思をくんだのだという。

「とはいえ、特別な就労という意識は私たちにはないんです。ほら、あそこで働いている女のコも知的障害がありますが、ここでは普通に働いています。精神障害者の方もいます。私たちの障害者雇用率は3.3%(法定2%)。人員に空きがあり、本人に働きたいという意思があって、面接に通れば採用します」

当初は手話通訳者も同行していたそうだが、裁断の仕事を覚えた今は周囲の職員と一緒に当たり前に仕事をこなす。それにしても現在69歳。定年退職は……?

「一応60歳定年ですが、本人が希望すれば一年契約を何歳までも繰り返せます。弊社は1951年創業ですが、初期からの社員が70代の今も働いています。若松種夫社長だって92歳ですから」

不況下でもリストラはなし?

「一度もありません。社長の口癖が『社員をクビにするなら会社をやめる』なんです」(小森さん)

67歳で正社員雇用された聾唖者の西山國夫さん

実際、社員を大切にする会社だ。

まず残業がほとんどない。社員のタイムカードを見せてもらうと17時15分の定時退社の数分後には全員が打刻。ただし、繁忙期の1、2ヵ月だけは工場全体で残業する。それでも45分間だけ。

「力仕事には1時間以上の残業は危険ですから」(小森さん)

そして、基本的に正社員採用。

1年のうち、ランドセル製造が集中する8ヵ月間だけ働く「期間パート」35人を除けば工場で働く社員135人全員が正社員だ。

取材後、最寄り駅まで送ってくれた社員にしても、今年50歳にして転職。「この年で正社員としてこんな優しい会社で働けるのは本当にラッキー。前の会社は休日出勤も当たり前でしたから」と話す。

若い社員も多い。ランドセルの縫製でミシンに向かう竹井祥貴(よしき)さん(21歳)は入社3年目。協和に入社した理由を尋ねてみると、

「中学生のとき、県教育委員会の就業体験学習で1週間の職場体験をしたんです。テープ張りとか荷の選別とか誰でもできる仕事でした。将来ここで働きたいまではなかったけど、就職先を考えたとき、この工場の雰囲気の良さがよみがえってきて。入社してやっぱり正解でした。やりがいはあるし、人間関係もいいし残業もないから」

ミシンがけは足踏みの力加減とタイミングに手の細かな動作を合わせる高等技術。しかもランドセルの縫製はやり直しができないため一個一個が真剣勝負だ。

「まだ半人前でつらいこともありますが頑張ります」(竹井さん)

ほかの数人にも職場のどこがいいかを聞くと、例外なく「人間関係の良さ」「残業ゼロ」を挙げた。

女性にも優しい職場だ。

「妊娠・出産したらだいたい1年半くらい休みますけど、ウチは復帰率100%。もちろん復帰しても正社員の立場は変わりません。だって、優秀な人には働いてほしいですから」(小森さん)

普通の一社員としてきびきび働いていた。竹井祥貴さんは自称"半人前"だが小森工場長の信頼は厚い

■取引先社員の幸せ、海外支援も当たり前のこと

こんな経営方針が評価され、協和は今年3月、第3回「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」の審査委員会特別賞を受賞した。

やはり他薦での応募だった。

「いやぁ、僕たちはこれが当たり前の企業経営と思っていたので自ら応募なんて考えませんでしたけど、関係者が推薦してあげると」

こう語るのは協和本社(東京都千代田区)の若松秀夫専務だ。

あらためて、どういう点が受賞につながったのかを尋ねると「これを見てください」と三つ折りの名刺サイズの「経営理念」を渡された。

こう書かれている(要約)。

1.会社は、従業員の幸福度を高めることが第一目的。

2.消費者の立場に立って安定価格で提供する。

3.仕入先とは、公正かつ対等な条件でお取引する。

若松専務がまず話してくれたのは「3」の仕入先との関係。

「2年前ですが、取引先の社員がひどいサービス残業に苦しんでいました。帰宅は深夜。是正を訴えても上司は『じゃ、誰が利益出すんだ』と取り合わない。カバン業界では仕入先に『買ってやる』との態度が横行していて、そんな仕事をしてたんじゃ人間のクズになる。そこで本人の希望もあり、直営店舗の店長にしました」

その後、この彼が同じ目に遭っている3人の救済を直訴すると、3人ともが協和に迎えられた。

「僕たちはサービス残業をやらせないし、材料の仕入先とは対等であるべき。仕入先と現金取引するのもウチくらいです。春と夏はランドセルが売れないから正直きついですが、仕入先の社員の生活を考えると現金取引が一番」

ところが先の4人どころか、今年、廃業する会社を社員ごと受け入れたという。それも2社……なぜここまでの救済ができるのか?

「1社は趣味性の高い手作り工芸品を扱っていて、これに関わることはチャレンジになる。急成長は危険だが、会社の規模に沿った緩やかな成長のタネを仕込めると」

さらに、協和にはほかがやっていない事業がある。障害児のためのランドセル作りだ。

障害児は、障害の種類や程度によってひとりひとりに合うランドセル作りがすべてオーダーメイド。正直、手間がかかる。だが、驚いたことに値段は量販品と同じか、それよりも安いという。経営理念「2」の実践である。

また昨年度からは3・11の被災地の子供たちへのランドセル寄贈も開始した。災害孤児や生活保護家庭の新入学児童には新品のランドセルを、震災でランドセルが破損した場合は再生ランドセルを寄贈するというものだ。

「大きなことはできないけど、小さくてもできることはたくさんある。それを着実にやりたい」

海外への目も忘れない。1999年の台湾中部地震では社員からの寄付金30万円を、アフガニスタンの子供にはNPOなどを通して修理した中古ランドセル約10万個を贈るなどしている。やはり、この会社にとっては当たり前のことなのだ。

さて、経営理念「1」では若松専務のアイデアは尽きそうもない。

今年から直営店舗の250人に「おしゃれ手当」を支給。年間ひとり2万円でアクセサリーを買っても髪型を変えてもいい。

「店舗には若いスタッフも高齢スタッフもいる。客商売ですから少しでも垢抜けしてくれれば(笑)。使途は自由ですけどね」

こんな素晴らしすぎる会社に課題は? と質問すると、若松専務はちょっと考えてから答えた。

「海外販売に責任を持つためにも、社員の海外常駐は考えねばと。それと今、年間休日が115日なんですが、これを増やしたい。自由時間の使い方次第で人間の幅が広がり物事を自分で考えられるようになるんです。会社って最後は社員の『人間力』ですから。それを高めるためにはなんでもやりたい」

どこまでも前向きな課題だ。

(取材・文・撮影/樫田秀樹 short cut[岡本温子、山本絵理])

途上国の子供のワクチン接種の資金支援として、小森さんが持つペットボトルのキャップ集めも日常的