女子柔道強化選手による暴力告発問題から1年が経過しようとしている。15名の女子選手の告発により明らかにされた、元全日本女子ナショナルチーム監督・園田隆二(そのだ・りゅうじ)氏ら指導陣の女子選手に対する暴力行為。竹刀で殴打、顔面への平手打ちなどのほか、髪の毛を鷲づかみにしながら「おまえなんか柔道やってなかったら、ただのブタだ」などの暴言を浴びせていたことが判明し、園田前監督は辞任に追い込まれた。

件(くだん)の騒動について、20年以上、柔道ナショナルチームを取材するベテラン記者は、こう振り返る。

「いいか悪いかは別として、柔道界である程度の暴力的指導が日常的に行なわれていたのは事実。ただ、園田監督のケースは暴力以前に、厳しい指導法に多くの女子選手が不満を抱えており、それが絡んでいるだけにややこしい。園田監督は常々、谷亮子氏の現役時代を持ち出し、『あれくらい練習しないとメダルは獲れないぞ』とはっぱをかけていたんですが、谷の練習は質・量ともにすさまじかった。正直、今の選手にあの練習をさせるのは無理があります」

園田監督に限らず、女子柔道界にはつい最近まで、五輪でメダルを獲るには谷氏くらい練習をしないといけない、というコンセンサスがあったといわれている。しかし、ロンドン五輪(2012年)の頃には世代が一新。彼女の“鬼練”を知る現役選手はほぼいなくなっていた。

「今の選手にとって、園田監督の指導は前時代的で、ただのむちゃぶりです。自分の考えを理解されず孤立していく園田監督は焦るあまり行き過ぎた指導をし、選手はますます監督を嫌う……。暴力は許されませんが、そんな負の連鎖があったことは、園田監督と選手にとって不幸だったと思います」(前出・記者)

現在、柔道界は暴力撲滅のほか、選手の自主性を重んじるよう、変わろうと模索している。

井上康生(こうせい)氏を新監督に迎えた男子柔道は、井上監督のカリスマ性、ロジカルな指導法、さらに選手とのコミュニケーションの取り方、アメとムチの使い分けなどで「いい意味での変化」(前出・記者)が現れているという。

一方の女子柔道はどうか。ある柔道関係者はこうささやく。

「もともとこの騒動が女子柔道発だったこともあるが、南條充寿(なんじょう・みつとし)現監督以下、指導陣と一部選手の間には大きな溝がある。男子とは違い、明らかに畳の上でのコミュニケーションはうまくいってない」

昨夏、ブラジル・リオデジャネイロで開催された世界選手権では、現在の女子柔道界を象徴するこんな事件もあったという。

「ある女子代表選手が『コーチが嫌いだから代えてくれ』と訴えた。しかし、そのコーチは訴えた選手が所属する企業チームの監督。もはや代表での指導とは関係ない、個人的な感情を代表に持ち込んでいるにもかかわらず、その選手は悪びれる様子もなく堂々と主張した。正直、現場は混乱状態。結果、その世界選手権では、22年ぶりに個人戦金メダルなしに終わった。

以前より選手の自立や自由が重んじられるようになり、選手も言いたいことを言える環境が整いつつあるのはよいことだとは思う。しかし、そういった環境を逆手に取り、権利を履き違えている一部の選手がいるのは、とても残念なこと」(スポーツ紙・柔道担当)

昨年末に開催されたグランドスラム東京ではロンドン五輪女子57kg級金メダリストの松本薫(かおる)、52kg級の中村美里、48kg級の浅見八瑠奈(はるな)ら多くの優勝候補が、ケガを理由に出場を辞退する異例の事態が発生した。

「昔なら少々無理をしてでも出場していたと思うのですが……。もちろんケガの具合は選手本人じゃないとわからないし、欠場したことで選手生命は延びるかもしれない。ただ、出場しなかった選手が、何食わぬ顔で、観客席で笑って応援する姿を見ると、なんとも言えない気分にはなる。あんなことは以前では考えられない。選手の自主性に任せるのは時代の流れかもしれないけど、戦う気持ちまで失われていやしないか。柔道界にとって、現在の変革がいいか悪いか、非常に微妙だと思います」(前出・柔道関係者)

柔道改革はまだ序章。新時代へ移行する過渡期か、それとも日本の柔道はさらなる衰退の道を歩むのか……。今年8月末にロシア・チェリャビンスクで開催される世界選手権の結果次第では、再び大きな「軌道修正」があるかもしれない。

(取材・文/コバタカヒト[Neutral])