都知事選に立候補した細川護熙氏と、それを支援する小泉純一郎氏。ふたりの元首相の行動を論理的に説明することはぼくにはできません。

東京都知事選挙の投票日が近づいてきましたが、ぼくには今回の選挙戦が非常に不可解なものに見えます。思い出してしまうのは、尖閣諸島をめぐるふたつの事案。2010年に起きた中国漁船衝突事件と、12年の国有化です。

漁船衝突事件は当然、国が断固たる態度で事後処理に当たるべきケースでしたが、当時の日本政府は結果的に那覇地検石垣支部に責任をなすりつけた。国有化にしても、当時の石原慎太郎東京都知事が勝手に購入計画を発表したことで、危機感を持った野田佳彦(よしひこ)首相(当時)が煽(あお)られるように決めてしまった。結果、日中関係はそれ以前より険悪なものになりました。

どこまでを国がやり、どこまでを地方がやるのか。日本ではこの線引きが非常に曖昧です。尖閣をめぐる問題は主権に関わることであり、どう考えても国がリードしなければならない事案。一地方に責任転嫁したり、問題解決の主導権を握られているようでは、地に足の着いた外交などできません。

同様に、エネルギー政策も本来は国政マターです。ところが、告示日前後の報道などを見る限り、今回の都知事選では「原発が争点」だという流れになっている。東京都は東京電力の株主で、電力の最大消費地として原発問題に深く関係している―確かに事実ですが、それにしても、なぜ候補者による訴えの主語が「東京」ではなく「国」、あるいは「日本」になるのか。

しかも、その中心人物は細川護熙(もりひろ)候補と小泉純一郎氏という“元首相コンビ”。両氏が一国民として反原発をうたうことは自由ですが、主張内容の是非以前に、国のトップまで務めた人物が地方政治を通して国政に干渉しようとする光景は異様に映ります。特に、小泉氏はかつて後継者に指名した安倍晋三首相と全面対立し、国政に横やりを入れようとしている。いったい何がしたいのか?

己の信念に基づくものか? 日本の長期戦略を真剣に考えたのか? それとも単なる私情、憂(う)さ晴らしか? 理解に苦しみます。

元をたどれば今回の選挙は、猪瀬(いのせ)直樹前知事が“政治のアマチュア”であったがために起きた問題に端を発する。まずは都政においてこの問題が起きた背景を総括し、その上で今後の東京、2020年の五輪に向けた都市づくりはどうあるべきかといった議論を盛り上げていくのが本筋でしょう。

そもそもの問題が置き去りにされたまま、政治家もメディアもおのおのが暴走し、好き勝手なことを言う。国際社会は「日本はわけのわからない国」というレッテルを貼りつつある。ぼくもボストンで「なぜ?」と聞かれますが、論理的に説明することができません。米中両国から「日本軍国主義の復活」などという懸念の声が聞こえてくるのも、昨今の日本が“論理が通じない、何をするかわからない”という不可解な印象を与えていることと無縁ではないでしょう。

繰り返しますが、元首相がコンビを組んで地方政治から国政に干渉しようとする動きは、「国から地方へ」などという文脈では説明のつかない異様なものです。自分の首相在任時代に同じことをされたら、迷惑極まりなかったはず。いくら東京が世界有数の大都市だといっても、自治体には自治体の領分がある。世界第3位の経済力を有し、国民が洗練された教育を受けている“成熟した国家”としての自覚があるなら、政治家もメディアも「自制」すべきラインがあるはずです。

地方のパワーが国政にプレッシャーをかけること自体は大いにけっこうです。ただし、それは互いが法律や領分を守りながらコミュニケーションを取り合うことが大前提。ポピュリズムを背景にそれをかき乱すような“愉快犯”がまかり通っていいはずがない。そんな国家を先進国といえるのなら、その理由を逆に教えて!!

■加藤嘉一(かとう・よしかず)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も始動! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/