TPP(環太平洋パートナーシップ協定)が、いよいよ大詰めを迎えている。

17日からシンガポールで行なわれている主席交渉官会合に続き、22日からは閣僚会議が開催。TPPは、ここで大筋合意を目指す予定になっている。

だが、そう一筋縄ではいきそうもない。なぜなら、TPP推進の旗振り役であるアメリカが一枚岩ではないからだ。その最大の理由が「TPA」だ。

1月9日、大統領に「TPA」という強い権限を与える法案がアメリカ議会に提出された。TPAはTrade Promotion Authorityの略で、日本語では「貿易促進権限」と訳される。耳慣れない言葉だが、簡単に言うと議会の承認を得た大統領が通商交渉を独断的に進めていける権限のこと。TPPを推進するオバマ政権にとって、早期妥結の“秘策”ともいえる、のどから手が出るほど欲しい権限なのだ。

なぜオバマ政権にとってTPAは重要なのか? TPP交渉開始時から同案に反対し、『TPP秘密交渉の正体』(竹書房新書)を昨年末に出版した元農水大臣・山田正彦氏はこう解説する。

「TPP協定案は全部で29章にわたっていて、項目ごとにアメリカ議会の同意を求めていくと膨大な時間がかかり、批准が難しくなります。そこでまずTPA法案を通し、議会が各項目に関して細かな修正ができないようにしたいのです。すると議会では最終的に是か非かだけの採決しかできません。TPP交渉を迅速に進めるためにもオバマ大統領はTPAを非常に重視しているのです」

TPP交渉は、多岐にわたる項目を多国間で話し合う複雑な貿易交渉。アメリカ政府が一度まとめたものに議会がいちいち修正を求めるような事態が続けば、時間も手間もかかりキリがない。他国との交渉内容は政府に全面的に任せ、議会は賛成か反対の意思を示すだけの形にし、政府は交渉をスムーズに進めたいというわけ。

大統領の代理としてTPP交渉にあたるUSTR(米通商代表部)のマイケル・フロマン代表もTPAを早期妥結の切り札と考え、「議会も超党派でTPAを支持してほしい」と訴えているほどだ。

「TPAが可決されるためには、上院と下院の過半数の賛成が必要です。もし可決されれば大統領が調印したTPPの協定案が両院に送られ、90日以内に採決しなければならず、しかも20時間を超える議論を行なうことは認められません。TPP妥結を急ぐオバマ大統領にとって、もってこいの権限なのです」(山田氏)

しかしこのTPA法案、1月に議会に提出される以前の、昨年11月に多くの議員が反対を表明している。共和党をはじめ、オバマ大統領の身内である民主党議員からもTPA法案に反対する署名が提出されているのだ。再び山田氏がその背景を解説する。

「民主党下院議員201名のうち155名が、共和党下院議員234名のうち22名が、それぞれオバマ大統領宛てに反対署名入りの書簡を送っています。TPPは秘密協定なので交渉内容が明らかにされず、議員が閲覧を求めてもメモや写真はダメとか制限が多く、不評を買っていたのです。

抗議をしていた議員団がその内容を知ると、医療費の高騰やアメリカ人の雇用が失われるなど、自国に影響が及びそうな問題点が含まれていることがわかりました。そこで議会が介入できなくなってしまうTPA法案が提出される前に、ノーという意思表示をしたのです」

ちなみにTPAは、ブッシュ政権時代の02年から07年まで認められ、その間にアメリカは、悪評高い米韓FTA(自由貿易協定)をはじめ、シンガポール、オーストラリアなどと二国間のFTAを進めていった。ブッシュ大統領はTPAを07年以降も延長することを求めたが、議会の影響力の低下が懸念され、失効した。TPAは議会の法案審議の権利を大統領に一任してしまうものだから、そもそも議員は好んで賛成したくはない。

はたしてオバマ大統領はこうした権限を手に入れられるのか? 結果次第では、TPP交渉そのものが暗礁に乗り上げる可能性もある。

(取材・文/長谷川博一)

■週刊プレイボーイ9号「朗報!? アメリカ議会でTPPが潰されそうな理由」より