先月中旬、アジア最大の「性都」と呼ばれていた中国広東省・東莞(とうかん)市で、当局による大規模なガサ入れが発生。結果、市内にあった数百軒の風俗店は数日で壊滅し、30万人いたともいわれる風俗嬢は、街から姿を消してしまった。

フランス国営ラジオ『RFI』中国語版によれば、この大規模摘発による経済損失は、関連産業も含めれば500億元(約8000億円)以上。東莞市のGDPの約10分の1が丸ごと吹き飛んだという。

多大な経済リスクを負ってまで、当局が大規模な摘発運動を実施した背景は何なのか? 摘発2日目の2月10日には、国家中央の公安部から東莞市に人員が派遣され、捜査を直々に指揮するという異例の事態が発生している。

中国の政治事情に詳しいジャーナリスト・福島香織氏は言う。

「10年にも、当時の党総書記の胡錦濤(こきんとう)が、対立する江沢民(こうたくみん)派の風俗利権を一掃するため、北京市内の高級クラブの大掃黄(ダーサオホァン=大規模摘発)を行なったことがあります。中国における大掃黄は、単なる風紀の引き締めではなく、権力闘争に関係しているケースが極めて多いのです」

今回の騒動がどんな権力闘争に関係していたかについては、米国国営ラジオ『VOA』中国語版の記事上で、著名な在米中国人政治学者の何清漣(か・せいれん)氏がこんな指摘をしている。

「今回の大規模摘発は、習近平による周永康(しゅう・えいこう=胡錦濤前政権時代の警察・司法部門のトップ)に対する奪権闘争なのです」

現在、中国では「周派」の一掃が行なわれている

周永康は昨年春に、習近平の政敵だった薄熙来(はく・きらい)が失脚した際、最後まで薄の肩を持ったことで習近平とは犬猿の仲。周は現在でも公安機関に影響力を残しているのだが、習近平は風俗摘発に名を借りて「周派」の公安関係者を粛清し、彼を失脚に追い込もうとしているわけなのである。

事実、昨年12月には周の腹心・李東生(り・とうせい=公安副部長)が汚職容疑で失脚。習からの圧迫は激しさを増している。

そもそも、今回の風俗摘発騒動の始まりとなった太子酒店の経営者・梁耀輝(りょう・ようき、現役の全人代代表=国会議員でもある)にしても、周が強い利権を持つ石油関連ビジネスと非常に関係が深い人物である。香港紙によれば、東莞をはじめ広東省一帯の公安局幹部は「周派」の強い影響下にあったともいう。

習近平は東莞という一都市の経済よりも、政敵を徹底的に葬る行為を優先したというわけなのだ。

こうした事情ゆえに、現在の中国では東莞のみならず、「周派」の影響力が強い地域を中心に全国的な風俗取締り運動が行なわれている。

仮に日本人が中国の風俗で遊び、当局に捕まった場合、よくて10万円程度の罰金と国外退去、最悪の場合は実名と顔写真を公開され、全世界で報道されることとなる。特に現在の状況下では、背景に共産党高官の内紛が絡んでいるだけに、ワイロを使ったもみ消しも困難である。万が一にも試さないでおくのが賢明だ。

(取材/安田峰俊)