クリミア自治共和国のロシアへの編入は、住民投票に続きロシアの上院下院でも可決、いよいよ現実のものとなった。これに対しアメリカ、EUをはじめとする世界各国は、当然のことながら、かつてないほどにロシアへの非難を強めている。

そもそも、なぜロシアはクリミアの獲得に乗り出したのか? それにはクリミア半島のセバストポリにあるロシア黒海艦隊基地の存在が大きく関係している。

ロシアはこの基地をウクライナから租借しており、2042年まで使用できる協定を結んでいる。しかし、民衆デモによってそれまでの親ロ派大統領(ヤヌコビッチ)が解任され、EUとNATO(北大西洋条約機構)への加盟を目指す親欧米政権が誕生してしまったため、将来的に基地の租借権がキャンセルされる可能性が出てきてしまった。そこでプーチンは、ウクライナの騒乱に乗じクリミア半島の獲得に乗り出したというわけだ。

非難を承知の上で、なぜロシアはこんな危険な賭けに出たのか? 国際関係アナリストで『日本自立のためのプーチン最強講義』(集英社インターナショナル)の著者である北野幸伯氏は、プーチンには最初から勝算があったと語る。

「地元の住民に独立を宣言させたり、ロシアへの編入の是非を問う住民投票をやらせるのは、2008年のコソボ独立に倣(なら)ったものだと思われます。コソボはセルビアからの独立を一方的に宣言し、それを欧米諸国が承認することで国家として独立できました。プーチンはコソボの独立には強く反対していましたが、このとき、欧米は住民の意思があれば独立できる、という先例を作ってしまったわけです。

プーチンは先日の記者会見で、『コソボが独立できるのなら、クリミアも住民の意思で独立できるはずだ』と語っています。こう言われてしまえば、欧米は論理的にプーチンに勝つことはできない。大義名分は彼の側にある、ということです。

実際、プーチンにはすでに成功例もあります。グルジア領だったふたつの共和国をコソボと同じ理屈で独立させています。これでクリミアの編入に成功すれば、3つ目ですから、プーチンも『やられたらやり返す。3倍返しだ!』ということになりますね(笑)」

アメリカ、EU諸国がロシアに強く出ることができない理由

プーチンの言っていることは理屈としては正しいが、結局「おまえたち(欧米)がやっていることをオレがやってどこが悪い」と言っているにすぎない。そもそも彼自身、住民の意思だけで独立国家を樹立させることができるなんて、夢にも信じていないだろう。そんなことを認めれば、世界中で独立国家ができあがり大混乱に陥ってしまうからだ。

「欧米諸国の現状もプーチンは計算に入れていたはずです。例えばアメリカは過去10年、中東で戦争を続け疲弊しきっている。去年のシリアの化学兵器使用問題のときも結局、空爆すらできなかった。新たな軍事行動に出る余裕はない、ということです。相手がロシアであればなおさらのことでしょう。

一方、ヨーロッパ諸国もできればロシアとは事を構えたくない。彼らはガスなどの基幹エネルギーをロシアに依存していますし、貿易額も年間4600億ドルに上ります。ロシアとケンカしても損するだけ。早いところ落としどころを見つけて、クリミアの問題から解放されたいというのが彼らの本音でしょう」(前出・北野氏)

アメリカもヨーロッパ諸国も軍事介入どころかロシアに痛みを与える制裁すらできないということのようだ。

それに対してプーチンにはまだ余裕がある。セバストポリ海軍基地を確保するという目的を達成するのに、クリミアをロシアに編入させるところまでもっていかなくてもいいからだ。独立宣言したクリミアを承認し、新国家の政府と新たに基地の租借協定を結べばいいのである。

おそらく今プーチンが考えている「落としどころ」もこのあたりにあるに違いない。いずれにせよこの勝負、プーチンの勝ちは動かないようだ。

(文/河合洋一郎、取材協力/川喜田 研)