先日、一部メディアで、政府・自民党が所得税の上限額を2億円に設定するよう検討していると報じられた。とかく海外と比べて法人税率や所得税率が高く、富裕層の間では「所得が増えても結局は税金で持っていかれる」と、日本の税制は評判がよくない。そこで所得税の最高納税額を2億円に据え置くことで、富裕層の流出を抑止したり、グローバル企業を呼び込もうとしているのだという。

この報道の直後、ネット上では「金持ち優遇策だ!」と怒りの声が上がっているが、元大蔵省主税局国際租税課長で税制に詳しい志賀櫻(さくら)弁護士はこう首をかしげる。

「上限2億円なんてあり得ない。金持ちが国外に逃げないように、より格差が拡大するような不公平な税制をつくることは許されない。そもそも政府がそんな話を検討するとも思えません……」

そこで、実際に「上限2億円」が検討されているのか、財務省に問い合わせてみた。

「その点につきましては、本日(3月18日)、麻生太郎財務大臣が定例記者会見で『内容についてはまったく知らない』と否定されています」(財務省広報担当者)

ちなみに会見では、「検討されている事実があったかどうか」という問いに対し、麻生大臣は「内容はまったく知らない」と答えている。検討しているけど内容は知らないのか、それとも検討していることすら知らないのかは不明だ。

第一生命経済研究所主席エコノミストの永濱利廣(ながはま・としひろ)氏はこう語る。

「日本の高い税金が理由で、税率の低い香港やシンガポールにオフィスを移す金融関係者が多いのは事実。一方、アベノミクスの成長戦略では、海外から優秀な人材を呼び込もうとしているわけで、それに見合った税制改革も必要でしょう。ただ、実際に『上限2億円』をやっても、どれくらい海外から優秀な人材や、マネーを呼び込めるかは不透明です」

米グーグルの悪質な税金逃れ

例えば香港は所得税率が最高17%、法人税率は16・5%なのに対して、日本は所得税率が最高40%、法人税は約40%と格段に高い。確かに香港やシンガポール並みに所得税も法人税も下げれば人も金も集まってくる可能性はある。だが、そんなことをしたら財政破綻のリスクが非常に高くなる。シンガポールや香港と日本は国の規模も人口構成も違う。“減税”で争うのは非現実的だ。

「日本に限らず、先進国では金のある企業や人が、税率の低い、もしくは無税の国や地域に資金口座を作り、巨額の金を隠す……つまり税金逃れをしている実態があります。例えば米グーグルなどはかなり悪質で、米国はおろかどこの国にも基本的に課税されないシステムを構築し、米国議会でも問題視されています。こうした問題は、国際租税全体がゆがんでいるから起きること。金持ち企業や富裕層を取り込もうと優遇措置を取るような国は国際的に非難されている。日本もそんなことをするべきではありません」(前出・志賀氏)

そんななか、OECD(経済協力開発機構)の租税委員会は「BEPS行動計画」を推し進めている。BEPSはBase Erosion and Profit Shiftingの頭文字で、和訳すると「租税侵食と利益移転」。同計画は、グローバル企業が税制の抜け穴を利用し、税負担から逃げている状況を正し、実際に経済活動している場所で税金を納めるよう、世界統一のルールを作ろうとするものだ。

「BEPSが成功すれば、現在ある国際租税の大問題はだいたい解決できます。肝に銘じてもらいたいのは、日本だけで“お金持ち優遇”の税制改革をしたところで、なんの解決にもならないということです」(志賀氏)

公正な税負担になる税制改革をお願いしたい。

(取材・文/コバタカヒト[Neutral])