近い将来、本物の「生え抜きの4番」は現れるのか?25年ぶり現場復帰の“ミスタータイガース”がその手応えを語る!

岡田彰布監督時代の2005年を最後に、8シーズン優勝から遠ざかっている阪神。特に深刻なのは、打線の中心を担う生え抜き野手の育成が進まないことだ。

現状を打開すべく、江夏豊氏が打撃指導者として25年ぶりに現場復帰した“ミスタータイガース”掛布雅之氏(阪神タイガースDC)にじっくり話を聞いた!

■うるさいオッサンと思われてもいい

江夏 あなたが引退したのが1988年だから、実に25年ぶりか。どうだ、久しぶりにタイガースの現場に帰ってきて?

掛布 僕も来年で60歳になるんですが、意外にも、若い選手と違和感なく野球をやれてますね。思っていたほど、25年というギャップを感じませんでした。

江夏 でも、年齢的にいえば、あなたの息子さんより下でしょ? 話は合うわけ?

掛布 昔話になるんですが、僕、引退した後に10年以上、年に何回か少年野球の子供たちを教えてきたんですね。当時のその子たちとの年齢差と、今の阪神の若手との年齢差がちょうど同じくらいなんです。

プロの選手に対して失礼な言い方かもしれませんが、あの経験が役立っていると思います。もし僕が40歳そこそこの若い頃に現場に戻っていたら、自分がやってきた野球を押しつけてしまったかもしれませんし、このタイミングでかえってよかったのかなと。できないことに対して、そんなに腹も立ちませんし。

江夏 なるほど。でも、それはあくまでもあなた側の感覚であって、選手のほうは「うっとうしいオッサンやな」と思ってるかもわからんよ。「汚いダミ声でムチャクチャ言うし」って(笑)。

掛布 はっはっは。うるさいオッサンだと思ってるでしょうね。でも、僕のほうからそうやって近づいていかないと、最初の頃は選手のほうがハードルを上げてしまっていたので。

江夏 「掛布」という名前で?

掛布 そうみたいです。ですから、「ガラガラ声のうるせえオッサン」と言われても、僕のほうから選手の中に入ろうと。

「グラティ」ポーズを止めさせたのは掛布だった

江夏 それで、すんなり入れた?

掛布 ええ、意外に受け入れてくれたんです。ただし、去年の秋季キャンプで最初に選手たちと接したとき、「僕の大先輩たちが築き上げてきた阪神タイガースの伝統、プライドをもっと大切にしてもらいたい」ということはきちっと言わせてもらいました。僕も現役時代はそういうものを守らなきゃ、という気持ちでいましたが、今はその伝統が薄れつつあると感じていたので。試合中にみんなで手を上げて笑ってるのを見て、僕、すごくイヤだったんです。

江夏 ホームランを打った後に、ベンチ前でやるポーズな。

掛布 ええ。それだけは言わせてもらって、あとは僕自身がハードルを下げて、若い選手と“言葉のキャッチボール”ができる目の高さに合わせようと。

江夏 ただ、そうやってキャッチボールしているあなたの言葉を、相手は理解してるのかな?

掛布 まだ理解していない選手もいるでしょう。今の阪神にはすごく可能性のある若い野手が何人もいますが、じゃあ、彼らがなぜ育ってこなかったのか。例えば、僕が何か言っても響いてこないタイプの選手もいるんですね。

江夏 ポーンと反応が来ない?

掛布 来ないんですよ。だからその選手には、「コーチの言葉にもきちんと反応しないと、印象が悪くなるから損だぞ」と言ったんですが、本当に理解するには時間がかかると思います。でも、そこは根気よく言い続けて、うるさいオッサンになってやろうと。

江夏 そういう指導者が必要な若手もいるんだな。彼らも心の奥底では飢えていたのかもしれない。

掛布 そう思います。球団としても、なぜ若手育成が何十年もうまくいかないのか、ということで僕に声をかけたようですから。最近では、僕に「練習を見てほしい」と直接電話してくる選手もいます。すごくうれしいことですよ。

最近若手選手は、「3つホメてひとつ怒る」

江夏 あなたの後、タイガースの生え抜きで4番を長く打ち続けた選手はいないんだよな。

掛布 そうなんです。2000年代、金本や新井貴という広島のクリーンアップを獲って優勝したことは、もちろんすごく意味のあることだったと思いますし、球団もそれは同意見だと思います。

でも、今回声をかけていただいたとき、「もうそういう時代ではないんじゃないか」ということを言われまして。その点、僕はテスト生の形から入りましたから、「そういう環境から阪神の4番まで上がっていった人間にしかできない“若手への接し方”があるんじゃないか」と言われて、今の立場になったんです。

■ホメて、ホメて、ホメて、怒る

江夏 いざ若い人と接してみて、人を教えるというのはどう?

掛布 難しいですね。教えて、選手が変わっていくのは楽しいですが、すごく難しい。

江夏 例えば、どんなところが?

掛布 今の若い選手って、僕らの時代と違って、学生の頃から大量の情報を吸収してますから、よくも悪くも“自分”というものを持ってるんです。僕が高校からプロに入ったときは、“自分”なんてなかったですよ。

江夏 俺もなかったよ。バカだと罵倒(ばとう)されて、ぶん殴られて練習やらされてたんだから。ただ怒られるのがイヤで、涙ながらにやったっちゅう時代だよね。

掛布 僕もやらされてました。でも、今はそれはダメです。選手はいちばん嫌います。だから、選手が自分からやるような方向に……。

江夏 悪い言葉でいえば、おだてて、おだてて、という。

掛布 ホメて、ホメて、ですね。ホメて、ホメて、ホメて、怒る、ぐらいですね。

江夏 3つホメて、ひとつ怒る。

掛布 そうすると、注意したところにやっと気づいてくれるんです。「いいよ、いいよ、いいよ。でも、肘が悪いね」と言うと、「あ、確かに」というふうに。

江夏 なるほどな。

阪神の選手はみな、指導者に飢えている

掛布 昔は、怒られて、怒られて、怒られて、やっとホメられたときはうれしかったですけどね。そういう意味でも、今の年齢差でよかったかなと思います。あとは、僕が純粋に野球をやっていることでしょうね。だんだん選手たちが「掛布は俺たちのほうを向いてる」と感じ始めてくれたみたいなんですよ。だから、そこに壁はありませんでした。

江夏 あなたがキャンプで主に指導した二軍の若手は、そうやって素直に受け入れてくれたと。でも、自分に言わせれば、最大の問題はそこじゃない。本当は一軍の主力選手こそ、あなたに見てもらうべきだし、あなたの野球に対する姿勢を教えてほしいと思っているんだけどね。

掛布 おっしゃることはよくわかります。その点でいえば、一軍の沖縄・宜野座(ぎのざ)キャンプでも鳥谷、西岡、福留とはある程度、話をしました。特に鳥谷に対しては、「1985年の日本一のときは俺が4番を打って、『掛布が中心のチーム』と言われた。03年、05年の優勝は、金本たちが中心になって勝った。今度は、鳥谷を中心とした阪神で勝たなきゃいけないんじゃないか?」と。

江夏 鳥谷はどんな反応だった?

掛布 もっとイヤな顔をされるかと思ったんですが、素直に受け止めてくれました。西岡にしても、彼は構ってほしい選手ですから、「掛布さん、バッティング練習するんで、室内練習場に来てもらえませんか?」と、向こうから話しかけてきました。

江夏 若手のみならず、やっぱり選手たちは飢えてるんだな。

掛布 そうだと思います。ただですね、春季キャンプで僕が沖縄にいたのは第3クールの4日間だけで、またすぐに高知・安芸(あき)の二軍のほうに戻りましたから、その後の継続的なものがなかなか……。

江夏 そうだよな。そのへんが残念なんだよ。

掛布 江夏さんにそう言っていただけるのはすごくうれしいです。でも、僕の仕事の優先順位としては、一軍のほうを毎日見ることはできないんです。そこは皆さんにわかっていただきたいんですよ。

和田監督が掛布DCをもっと“利用”すればいい

江夏 そのあたりで余分な気苦労があるんじゃないかと心配していたけど、やっぱり難しいというか、悪い言い方をすれば中途半端な状態でもあるよな。阪神打線はオープン戦の出だしからまったく打てず、開幕に向けてなんとか上向いていかないといけない。でも、甲子園球場で一軍の試合をやっている日に、あなたは鳴尾浜(なるおはま)で二軍の練習を見ていたりする。立場は重々わかるけれど、自分に言わせれば、なんのために掛布を置いているのかなと。

掛布 確かに、オープン戦の序盤は打線の状態が“底”でした。でも、毎日見ているわけでもない僕が、そこで「ああでもない、こうでもない」と言うのはいかがなものかという部分もあります。当然、一軍にも担当コーチがいますから、そこに土足で入っていくようなことになりかねませんからね。

■僕も“和田丸”の一員。利用してくれていい

江夏 そのへんは、やっぱりもう少し球団も考えてもらいたい。さらに言えば、和田監督自身が、もっともっとあなたを“利用”すればいいと思うんだよ。

掛布 そうですね。僕も監督には「俺を利用してもらってけっこうだよ」と直接言いました。

江夏 別にあなたは、和田監督のポジションを脅かすために入ってきたわけじゃないんだし(笑)。

掛布 そんな気持ちは毛頭ないということも、監督にはっきり言いました。その上で、「俺という人間にしかできないこともあるだろうし、嫌われるようなこともできる。阪神のいいところも悪いところも見てきたんだから」と。

江夏 ずっと見てきたもんな。俺が阪神を放り出されたいきさつも、あなたは見てるわけだから。

掛布 ええ。その3年後には、田淵(幸一)さんも。あのとき、僕は田淵さんに冗談半分で「次はおまえだぞ」って言われたんです。「豊だろ、俺だろ。ほら、次はおまえだぞ」って(笑)。

江夏 イヤな言葉だな(笑)。まあともかく、球団は25年ぶりにあなたを現場に戻した。それだけ必要とされたってことだよ。

掛布 僕も今の立場で、できるだけのことはしなければいけないと思います。ただ、マスコミの中には、チームが負ければ「やっぱり一軍に掛布がいなきゃダメだ」、勝てば「やっぱり掛布の手柄だ」というふうに書きたがる、そういう人がいるんですよ。

江夏 あなたの立場からすれば、迷惑な論調だよな。

掛布 ですから、マスコミの皆さんの前で言ったことがあるんです。「阪神が負けるか勝つかによって、『やっぱり掛布だ』というような記事は書かないでくれ」と。僕は今、ひとりでも多くの若手に力をつけて、一軍に上げることしか考えていません。そこに一生懸命になるのはいけないことなのか?という話ですよ。

やっぱり阪神タイガースにとって掛布という男は必要

江夏 それが関西の野球マスコミ独特の“風習”だよな。そういうイヤな話はさておき、今年のタイガースはどうだ? オープン戦は厳しいスタートだったけど。

掛布 中の人間がこんなこと言ったら怒られるかもしれませんが、今のままでは厳しい。ここからどう上向いていくかです。

江夏 そのために、掛布という指導者をもっともっと生かしてもらいたいと思うよ。それが必ず、結果としてチームの成績につながっていくはずだから。

掛布 そうでなくちゃいけないと思います。だって、僕も去年の秋から“和田丸”という船に乗ったひとりなんですから。

江夏 そう。掛布も“和田丸”の一員だということを、球団も、現場の首脳陣も、周りのマスコミも、本当に理解してもらいたいよな。もちろんあなた自身、そのなかで人を教える難しさ、今の立場の難しさ、組織の人間関係の難しさ、いろいろあると思うけれど。

掛布 難しいですが、その分、やりがいもあります。自分ができることは根気を持って、「もうイヤだ」と言われるぐらい、最後まで選手にひっついていってやろうと思ってますよ。

江夏 あなたがグラウンドに立つことによって、たくさんのファンも喜んでくれる。やっぱりタイガースにとって、掛布という男は必要な存在なんだから。

掛布 いやいや、本当にありがとうございます。

江夏 これからまだまだ、いろんなことがあると思うけど、負けないで頑張ってくれ。ひとりの兄貴分として、心からお願いしとくよ。

掛布 わかりました! 今日はありがとうございました。

江夏 こちらこそ、ありがとう。

(構成/高橋安幸 撮影/五十嵐和博)

掛布雅之(かけふ・まさゆき)1955年生まれ、千葉県出身。73年、秋季キャンプでのテストを経てドラフト6位で阪神に入団。1年目から83試合に出場して頭角を現し、3年目に打率.325、27本塁打と大ブレイク。79年の48本塁打は今も阪神の日本人最多記録。80年代前半は不動の4番として活躍。死球による右手首骨折(86年)の影響もあり、88年限りで現役引退。本塁打王3回、打点王1回。昨年10月、DC(Development Coordinator、GM付育成&打撃コーディネーター)として25年ぶりに現場復帰し、若手選手を中心に打撃指導にあたっている

江夏豊(えなつ・ゆたか)1948年生まれ、兵庫県出身。阪神、南海(現ソフトバンク)、広島、日本ハム、西武で活躍した伝説の大投手。シーズン401奪三振、オールスター9連続奪三振、自らサヨナラホームランを打って1-0での延長ノーヒットノーランなどの記録を持ち、日本のリリーフ投手のパイオニア的存在でもある。通算成績は206勝158敗193セーブ。現在は野球評論家