時に爆笑を交えながら、食の冒険の楽しさや驚きを語り合った、久住昌之氏(左)と土山しげる氏

『孤独のグルメ』の久住昌之氏(原作)と『食キング』『極道めし』などの作品を手がける土山しげる氏(作画)による『漫画版 野武士のグルメ』(幻冬舎/1260円)が発売! ふたりの食への情熱がぶつかり合う同コミックは、食マンガ界待望のビッグコラボであり、混迷するグルメ界の羅針盤だ。

主人公の香住武(かすみたけし)は第1話で、「己(おの)が腕ひとつ信じ、世を渡り歩く――誰にも遠慮せず己が道を――野武士ならば堂々と、そしてぶっきらぼうに……」と思い巡らす。

このセリフは、現在主流になりつつある「外食するならネットで検索」という風潮に真っ向勝負を挑んでいると言っても過言ではない。他人の意見に流されず、男の食を探求する両氏は、グルメサイト隆盛の時代をどうとらえているのか? “食の野武士”ふたりに大いに語り合ってもらった!

■検索がお店をダメにする悪循環のもと?

都内某所にある老舗で座卓を囲んだ久住氏と土山氏。夕方早めの時間から立ち飲み屋でのどを潤し、準備は万端。今回の対談テーマの説明をし始めた矢先、久住氏からまさに待ち望んでいた言葉が飛び出した。

――検索に頼らないで、素敵なメシ屋と出会う方法をおふたりに伺いたいのですが……。

久住 検索してグルメサイトに出てる他人の評価を読んで店に行くことって、「これ食べたよ」っていうことを確かめる“確認メシ”なんですよね。

土山 確かに、そうですねえ。

久住 グルメサイトに限らず雑誌や、テレビもそうなんだけど、そこでおいしいと紹介されたものを知ったら、じゃあそれを確かめようとなる。それでお店には客が押し寄せるんですね。確認、確認なんですよ。

土山 「ああ、知ってるよ、そこなら一回行ったよ」っていうことを言いたいんですよね。

久住 そうそう。「書いてあったとおりだ」「あの写真と同じものが来た」って喜んでる。でも、そういう人たちは常連にはならない。次の雑誌の特集とか、グルメサイトで星の数の多い店を見つけたら、そっちに行っちゃうんですよね。

土山 しかも、そのサイトで紹介している「コレがうまかった」っていう品物ばっかり注文する。それさえ食べれば「ああ知ってる」っていうふうに振る舞えるから、それで満足して、紹介されている店ばかりに行く。

久住 でもお店としたら、いい迷惑なんですよ。だってそうやって大量にお客さんが来るようになったら、それまでの常連さんが来られなくなっちゃいますからね。

土山 僕の友達が一時、食堂をやっていて、夕方のテレビで紹介されたんですね。放送されたその日から電話がジャンジャンかかってきたといいます。それから新規のお客さんで3ヵ月間、満席が続いたんだけど、それ以降ピタッと途絶えちゃった……。

久住 常連さんも、「あそこは混んでて入れないからな」ってなっちゃいますよね。

土山 そうなんです。それからすぐに店は閉店したそうです……。

久住 僕が『孤独のグルメ』がドラマ化されるときに真っ先に心配したのは、まさにそこなんです。だからマンガでモデルにした店は実写ではやらないでください、というのが第一条件だった。それでも混んじゃって迷惑かけたけど、その後つぶれた店もなくてホッとしています(笑)。

検索が店をダメにするデメリットとは?

――検索が常連を遠ざけ、店をダメにする悪循環になっている?

久住 お店って継続していいものを出すのが大事なんです。定期的に来てくれる常連客がいて、ちゃんと仕入れができる。仕入れが読めることで、経営が安定しますからね。

土山 それが、グルメサイトやらテレビやらで、「この店はコレがオススメ」なんて紹介をされると、皆が「コレ」しか頼まなくて、仕入れも「コレ」ばっかりになっちゃう。それでも、やっぱりメディアで褒められると舞い上がる人もいますよね。

久住 「検索ランキング第1位」とか「テレビで紹介されました!」とか張り出したりしてね。ウルサイ(笑)。

土山 そういう意味では、僕は店内にベタベタ張ってある、あの色紙ってのが大キライなんです。

久住 わかるなあ、サインだらけの店。表にまで張り出してたりしていて。誰か有名人らしき人物と収まった写真なんかたくさん張っちゃって。なんて僕も色紙頼まれたら書きますけど(笑)。

土山 それで客を呼ぼうとするなってことですよね。

久住 お客さんを呼びたいなら「味」でしょ、っていう根本的な話ですよね(笑)。芸能人が来たからって、彼らの舌は関係ないでしょ。来てくれてうれしいのはわかるけど、あんなにベタベタ張らなくても。

――そうしたお店に、なぜ行きたくなくなるんですか?

久住 つまんないじゃない。見ず知らずの他人が薦めるところばかりに行ったって。しかもグルメサイトって、匿名で「コスパが低い」なんて書いてあるでしょ。「コスパ」なんて言葉を使うのがコザカシイ(笑)。

土山 したり顔が浮かびます(笑)。

久住 それに、グルメサイトで「評判ほどじゃなかった」なんて偉そうに論じるの、あれもイヤだなあ。あんなコメントを読んで食べる場所を決めるなんてつまらないですよ。まずは冒険しないと。おなかがすいたから何かないかな、ってそこが始まり。裸一貫でのれんをくぐる。まさに「野武士」でしょ。それを楽しまないと。

■久住流「地方で素敵なメシ屋を探す方法」

土山 ここへ来る前に寄った立ち飲み屋さんはおいしかったし、驚きもあってよかったですねえ。検索せずに挑んでよかった(笑)。

久住 品書きがあるんだけど、実際出てくるまで想像がつかない。それで「ポテトマカロニサラダください」と頼んでから出されるまでの時間、のどを潤して、ようやく出てきた品物に「おお、こうくるか!」って驚く。塩こんぶキャベツ頼んだらまさかの超山盛りで、ひとりで来ていたらこんなにいらない……とか。そういう状況が面白いしね(笑)。

土山 予備知識は必要ないんですよね。店のドアを開けた瞬間に、間合いをはかるような緊張感がある。それを特に感じるのはスナックですけど。あれはやっぱりママさんの城に挑むわけだから(笑)。

久住 店に入った途端、一斉に常連客ににらまれたりして、腰が引けたりもするんだけど、思い出すと楽しくもある(笑)。

土山 失敗もあるけれど、冒険はアウェーに挑まないと始まらないですもんね。

地元民の本音を引き出す、聞き方のコツ

――そうすると極端なアウェー、例えば地方に行ったとき、地元の人から情報を聞いていくという冒険はどうでしょうか?

土山 「ここは地元で一番の料理屋なんですよ」なんて連れていかれるところは総じてつまらないですよね……。

久住 そうそう。地元の人に「オススメ教えてください」って言うと、観光客向けのところばかり薦められる。タクシーの運転手さんに聞いて、地元の名店を紹介してはくれたけど、実は運転手さんは食べたことがないという(笑)。

土山 「なんとか鶏」がおいしい名店とかね。そういうのこそ検索で引っかかる店ですから(苦笑)。

久住 僕は銭湯で聞いたりしますね。銭湯の客はほとんど地元の人ですから。風呂に入って、出て脱衣場でゆっくりして、やおら「この辺の人がよく行く飲み屋さんて、どこです?」とか尋ねる。で、教えてくれた後、なぜか小声で、「あそこの店のモツ煮込みは日本一らしいですよ」って(笑)。たいていそれはおいしい。本音は小声になる(笑)。

土山 「らしい」っていう言葉に奥ゆかしさがありますね。照れもあるんでしょうけど、本当はものすごく言いたいんでしょうね(笑)。

――最近、冒険して見つけた素敵な店はどんなところですか?

久住 以前、水戸に行って、タクシーの運転手さんに、ラーメン屋でいいところないですかって聞いたら、やっぱり「水戸藩ラーメン」って言うの。それはイヤだと言うと、「じゃあウナギは?」とくるんだけど、僕はラーメンが食べたい。だから「ウナギは昨日食べた」と答えるんです。

土山 いい答え方ですね(笑)。

久住 それで「運転手さんはどこ行くんですか」と聞き返すんです。そうすると「いやあ、私が行くところはね、ボロいですよ」って言うの。そこだぁー!って(笑)。

土山 (笑)。観光客のためにいいところに連れていかなければっていう律儀な気持ちなんでしょうね。

久住 「いやー、汚い店ですよ」って運転手さんは躊躇(ちゅうちょ)するんだけど、もう確信がありますよ。そうしたら本当にボロくてね(笑)。でも、ちゃんと地元の人たちが並んでるんです。そうしたら、運転手さんが「横から入って」って謎めいたことを言うんですよ。

土山 物理的な冒険ですね(笑)。

久住 そう。それでラーメン屋と隣家の間の細い通路を進むと、昼だけ自宅の六畳間で食べることができるの。それで値段が250円。

土山 えええ!? 安い!!

■冒険、発見、ジワジワの感動がないチェーン店

久住 で、うれしかったのは別の仕事で水戸に行って同じ店で2度目に食べたとき。そのときのほうがおいしかったんです。

土山 味が進化していたんでしょうか?

久住 そうじゃないんですよ。ものすごくふつーのラーメンで、2度食べないとわからないおいしさを感じたんです。1度目ではネギに見えたのが実はタマネギだったとか、いろいろな発見もあって、うれしくて。

土山 それこそ冒険の醍醐味(だいごみ)ですね。だいたい、最近のゴタクの多いラーメン屋って、テレビでもひと口で「うまい!」とか言いますけど、そんなにすぐわかるもんじゃないと思うんですよね。

久住 今のラーメンって“ひと口目勝負”でしょう? ひと口目でうまいって思うのはたいてい過剰な味です。すぐに飽きますよ。そういう店ってムダに従業員が多くて、声だけやたらでかくて、値段も高いし……。

土山 で、オーナーは豪邸に住んでてそれをテレビで見せる(笑)。久住 イヤですねえ。金が目の前にあるやつはだめですよ。だから妙に高いラーメンが増える。ムダに払わされてるんだよなあ。

うまい店探しに失敗は恐れるな!

――ムダがないという意味では合理化されたチェーン店を利用する人も少なくないですが……。

久住 ん~、失敗しないように失敗しないようにっていうのがマイナスの考え方。だから、冒険がない、発見がない、ジワジワくる感動がない。

――失敗を恐れない、まさに『野武士のグルメ』の世界観ですね。

土山 失敗はイヤですけどね(笑)。

久住 でも僕らはマンガ家だから、失敗も人に話して笑ってもらって成仏してもらう(笑)。何度話しても笑ってもらえる失敗なんて、大型で強い失敗なわけだから、これは相当に面白いんだよ。

――おふたりがまさに野武士そのものに見えてきました(笑)。今回のタッグは理想的ですね。

土山 でも今回は久住さんのエッセーが原作ですから、ちょっと不安がありましたよ。

久住 え、ほんとに?

土山 僕のマンガは寡黙な野武士が心の中で独白するっていうよりは、見開きいっぱいにメシをかきこむシーンがドーンというマンガですから(笑)。

久住 いや、でも、今回ほんとにうれしかったのは、僕の個人的な体験を書いたエッセーを、土山さんが自分の経験に変換してくれたことですね。それがマンガオリジナルの主役・香住武になっている。

土山 緊張しました(苦笑)。でも、いったんいつもの自分のスタイルから外れたら気持ちよかったですね。

久住 これからも香住武が活躍できたらいいですね。

土山 それは読者の皆さんに、ひとつ……。

久住土山 お願いいたします。

(構成/加藤ジャンプ 撮影/有高唯之)

久住昌之(くすみ・まさゆき)1958年生まれ。谷口ジローとの共著『孤独のグルメ』、水沢悦子との共著『花のズボラ飯』など、マンガ原作者として次々と話題作を発表する一方で、エッセイストとしても活躍

土山しげる(つちやま・しげる)1950年生まれ。2007年、『喰いしん坊!』で第36回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。代表作は『極道ステーキ』『借王』『喧嘩ラーメン』『男麺おとこメ~ン』『極道めし』など

『幻冬舎plus』【http://www.gentosha.jp/】では「特集『野武士のグルメ』を味わい尽くす」と題して、対談、コラムなどを掲載中