現在のウクライナ情勢は、欧米諸国や中国にとっても“対岸の火事”ではなく、それぞれが複雑な思惑を抱いています。では、日本にとってはどうでしょうか?

親ロシア政権の転覆、親欧州政権の誕生、そしてロシア軍によるクリミア半島への侵攻。緊迫化するウクライナ情勢は、アメリカでも人々の関心が非常に高く、連日トップニュース扱いで報じられています。

事態の推移を見ながらぼくが想起したのは、かつて世界史の授業で習った「クリミア戦争」。19世紀半ば、汎(はん)スラヴ主義を掲げ南下政策を進める帝政ロシアと、それに対抗するイギリス・フランス・オスマン帝国・サルデーニャの連合による戦いで、クリミア半島が主な戦場となりました。この戦いに勝ったイギリスやフランスが国際社会で発言力を高めた一方、敗れた帝政ロシアは軍事力の脆弱(ぜいじゃく)さや、専制的な内政など問題の多い“後進国”だと批判を浴び、名声を失いました。

あれから約160年、また歴史が繰り返されようとしています。3月24日、アメリカはG8からロシアを排除した「G7」の開催を主導。並行してEU(欧州連合)、NATO(北大西洋条約機構)と積極的に協議し、外堀を埋めようとしている。今後もロシアに対する経済制裁は続いていくでしょう。

ただし、欧州諸国にはアメリカほど強硬に出られない事情もあります。ロシアがウクライナを経由するパイプラインで供給している天然ガスへの、欧州諸国のエネルギー依存度は約30%といわれている。ピーク時の40%に比べれば下がったとはいえ、いまだ主要エネルギーのひとつであることは間違いありません。

ロシア側にとっても、エネルギーは国家財政歳入の約5割を占める重要産業。つまり、もし経済制裁などをきっかけに天然ガス供給がストップするようなことになれば、ロシアと欧州の双方に深刻な経済打撃の連鎖をもたらすと予想されます。この“泥沼”への突入は、欧州諸国としては避けたいはずです。

また、ある意味では欧州諸国以上にウクライナ情勢の“余波”を警戒しているのが中国政府です。「内政不干渉」を名目に、中国は目立ったアクションを起こしていませんが、腹の底では「明日はわが身」だと懸念しているでしょう。

中国、そして日本にとって意味することとは?

クリミア半島のロシアへの編入は、クリミア自治共和国の住民投票をもって決定された。現状では中国人民は選挙権を持っていませんが、今回の経緯を見て、特にチベットやウイグルなど少数民族が多く住む辺境地域では、「対外勢力とうまくつながりを持ち、選挙が実現すれば独立への道もある」という“渇望”が生まれたことでしょう。

昨今の情勢は、中東諸国の反政府派がインターネットで政権打倒を呼びかけた「アラブの春」を想起させる。あのときと同じように、中国政府は強い警戒心をもって治安維持や統制強化を進めています。

このように、各国がそれぞれの思惑を抱いて事態を注視するウクライナ情勢ですが、日本にとってはどんな意味を持つのか? 誤解を恐れずに言えば、日本は“最大の受益者”となれる可能性もあるとぼくは考えます。ポイントは3つあります。

(1)ロシアへの対応をめぐって、アメリカに対し「同盟関係の強化」をはっきりと意思表示すること。

(2)辺境紛争という観点から、中国との関係をマネージする上でのケーススタディとして研究すること。

(3)孤立するプーチン大統領に水面下でメッセージを送り続けること。同盟国アメリカと協調しての制裁参加で、北方領土問題はいったん凍結を余儀なくされますが、来るべき交渉再開に備え、タイミングを見計らいながら経済面などで“貸し”をつくっておくこと。

ウクライナ情勢に関して、日本が直接的に失うものは何もない。むしろ“タメ”をつくれる独特のポジションにいます。この条件を生かさなくていいというなら、その理由を逆に教えて!!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/