巨大隕石が衝突した場所が少しでもずれていたら、まったく違った未来になっていたかもしれない。東京大学・松井名誉教授が解き明かす地球史

世界的な地球物理学者である松井孝典(たかふみ)教授たちの研究グループが先月、科学誌ネイチャー(*1)に発表した論文が、国内外で大きな話題となっている。地球史における大きな謎とされてきた出来事(後述)を、完全に解明したのである。

一連の“小保方騒動”で日本の科学の信頼性が揺らいだと憂いてる人もいるが、そんな心配をしても時間の無駄。松井教授ご本人に、彼らの最新研究の何がスゴイのかを聞いてみた。

今から言っておくけど、この後、松井教授が語る話は、「ほんとにそんなことってあるの???」と叫びたくなるようなものばかりだ。

(*1)より厳密にはネイチャーの地質学部門『ネイチャー ジオサイエンス』誌

■猛烈な酸性雨が生物を絶滅させた

―いきなり論文の内容を説明していただいてもついていけないと思うので、前提のところからお聞きしますね。あと、素人でもわかるよう、ざっくり話してくださると助かります。ざっくりしすぎなくらいがいいです、週プレなので。

松井 わかりました(笑)。

―まず、恐竜が絶滅した原因が6500万年前の巨大隕石であるというのは、最近の科学界ではもう定説なんですよね。

松井 そうですね。今のユカタン半島(メキシコ)のあたりに、直径10kmから15kmの隕石が衝突しました。

―突然、東京都心と同じサイズの隕石が落ちてきたと。

松井 われわれの計算では、秒速20~30キロで衝突し、高さ300mの津波が発生しています。

―東京タワーの高さの津波!

松井 そして津波は浅い海では高さをさらに増すから、1000mを超える津波に襲われた地域もあったはずなんです。

なぜ、プランクトンまで死滅したのか?

―すでに想像を絶する光景ですね。でもなんで「6500万年前の隕石」とわかるんですか?

松井 そのときできた地層は「K/T境界層」と呼ばれますが、それは世界中で発見されているし、地層の年代特定も難しくない。

そして「K/T境界」にある粘土層は、イリジウムという物質を大量に含んでいます。イリジウムは地殻には極めて少ないけど、隕石には大量に含まれる物質です。それでこの地層が、「6500万年前の巨大隕石衝突の際にできた」と結論づけられたわけです。1990年代には、ユカタン半島の地下に直径200kmのクレーターがあることも確認されています。

―そこまで証拠はそろったんですね。

松井 これだけ巨大な天体衝突が起きると、衝突地点周辺には爆風や高温の蒸気雲が発生し、先ほど話した巨大津波も起きる。衝突による破片は宇宙空間に達し、それが大気に再突入するとき大気を加熱する。

その後、大気中に巻き上げられた大量の塵や、森林火災による煤(すす)が地球全体を覆って太陽の光を遮り、今度は寒冷化の時代に入ります。こうした環境の激変によって多くの生物は死に絶えたでしょう。しかし、海中の有孔虫(プランクトン)のほとんども死滅した理由は説明できていなかったんですよ。

―なぜプランクトンが、そのとき激減したとわかるんですか?

松井 それは簡単。プランクトンの化石はどの地層にもたくさん含まれているから、地層を調べて比較すればいい。「K/T境界」の前(白亜紀)と後(第三紀)では、地層に含まれる有孔虫の化石の数が全然違うんです。

隕石が別の場所に落ちたら、恐竜人類がいた?

―ああ、なるほど。

松井 この問題を科学的に解明したのがわれわれのグループ論文で、だいたい次のようなメカニズムです。ユカタン半島は主に石灰岩と石膏でできていて、そこに巨大な隕石がものすごい速度で衝突した。そのエネルギーで大爆発が起き、石膏の岩石のなかの成分が蒸発してSO3(三酸化硫黄)になり、激しく大量の酸性雨を地球全土に降らせた。

それによって海水が酸性化し、有孔虫の石灰(カルシウム)の殻も溶かされ、ほとんど死滅したと。だからこの論文の重要性は恐竜絶滅の話じゃなくて、有孔虫のほとんどが絶滅したメカニズムを説明したところなんだけど、「プランクトン絶滅」といっても一般の人には地味らしく(笑)、報道では恐竜絶滅の原因が解明、とされたようです。もちろん海中のプランクトンは食物連鎖の根幹だから、そこは非常に強い関係があるけども。

―ということは、隕石がユカタン半島に落ちたってことが、恐竜たちの運命を決めたと?

松井 例えば飛んできたのが1時間遅くて、別の場所に落ちていたら、例えばアメリカ大陸に落ちていたら、そこは石灰岩と石膏もないから大量の酸性雨も降らず、これほどの大量絶滅は起きなかった。

―恐竜も生き残れたと。

松井 そうですね。

―もし今も恐竜が生きていたらどうなっていたんでしょう?

松井 恐竜人類がいたかもしれないよね。われわれホモサピエンスはいなかったでしょうし。

―恐竜人類! もしいたら、どれほどの賢さだったんでしょうか。というのも、恐竜って2億年も地球の支配者だったけど、その間ずっと、いわゆる“恐竜”だったじゃないですか。もしそこで生き延びても、その後の6500万年でどれだけ進化を遂げられたのかな? 例えば今の人類のような文明を築けていたと思いますか?

松井 そこはなんとも言えませんが、今の話につなげると、私は今、生物進化におけるウイルスの役割にも注目しているんですよ。

ウイルスが生物進化を早める

―ウイルスによる生物進化?

松井 ダーウィニズム(ダーウィン進化論)はわかるでしょ?

―突然変異が起き、そのなかで環境に適したものが生き残り(自然淘汰)、その繰り返しが進化を生むという考え方ですよね。

松井 ダーウィニズムでは、遺伝子は親から子へ“垂直方向”に伝わっていきます。それに対して「ウイルスによる進化」は、遺伝子がウイルス感染によって“水平方向”に種全体に広まっていくという考えです。

―確かにダーウィン進化論だと変化は少しずつ少しずつだけどウイルス感染なら種全体にパーッと変化が広がりますね。しかしあり得るんですか、そんなこと?

松井 ウイルス感染で遺伝子レベルの変化が起きる場合があることは、すでにわかっています。この数年のウイルス研究の発展はものすごいんですよ。また、ヒトゲノムのなかに、ウイルスがもたらした遺伝子が混ざっていることもわかった。ウイルスと生物進化の関係は、まだまだこれからだけど非常に興味深い分野です。

―ではもしも恐竜が生き延びていたら、どこかで突然、ウイルスによって一気に進化した可能性もあるんですね……。

松井 われわれホモサピエンスも、ウイルスによって進化した可能性だってあるわけです(*2)。

(*2)インタビュー中の「ウイルスによる生物進化」に興味をもった読者には同じく松井教授の『生命はどこから来たのか?(』文春新書)がオススメです

スリランカの赤い雨とは?

■「時空のスケール」を広げて考える

―隕石が地球の環境を激変させたり、ウイルスが生物進化を早めたり……。地球や生物の歴史における大変化って、なんだかすごいものが突然「外側」からやって来たことで起きているような気がしてきたんですが。

松井 ちょっとだけ概念的な話をすると、地球や生命の歴史を考える際、これまでの科学は「今起きている自然現象」の延長で過去をとらえてきたわけです。これを「斉一(せいいつ)説」と呼びますが、それに対して天変地異のような「突然、地球の外からもたらされる大変化」を私は「激変説」と呼んでいます。

例えば、この100年の津波をどんなに研究したって、3・11に起きた1000年に一度の津波のことはわからないでしょ。だから科学はもっと「時空のスケール」を広げてモノを見ないとダメだと私は考えています。

つまり今の尺度で過去をとらえるのでなく、尺度を過去にまで広げて過去を考える。われわれの経験を超えた天体衝突を研究することは、そうしたパラダイム転換をもたらします。

―地球の歴史を考える際も、地層の研究だけでなく、宇宙のことも考えるってことですね。

松井 「地球の外から」という意味では、最近、「スリランカの赤い雨」の話もおもしろいですよ。

―赤い雨? 赤色の雨ですか?

松井 色のついた雨というのは、比較的ある話なんです。火山噴火の後、茶色や黄色の雨が降ったり、原爆の後に黒い雨が降ったり。

―広島の原爆の後も「黒い雨」が降ったといいますね。

松井 「赤い雨」も3000年に及ぶ記録がありますが、21世紀に入ってからはインドとスリランカで“血のような雨”が降っています。それで、私の友人でスリランカ出身のイギリス人科学者がその雨を調べたら、なかに「細胞状物質」が含まれていた。

自分がいる世界の「外側」には必ず発見がある

―雨の中に細胞?

松井 もちろん地表から舞い上がった物質の可能性もあるけど、興味深いことに、インドでもスリランカでも「赤い雨」が降る直前には隕石が落ちたり、空中で爆発音が聞かれたりしているんですね。普通、隕石は大気に突入すると空気抵抗で爆発します。

ということで「赤い雨」の研究者たちは、彗星の爆発によって「細胞状物質」がまき散らされ、それが赤い雨の粒子の正体だと考えています。

―なんで隕石に細胞みたいな物質がついているんですか? 宇宙から飛んできたってことですか?

松井 その可能性もある。実は地球の生命の起源は彗星に乗って飛んできたという説は、昔からあるんです。しかし科学界ではあまり相手にされてこなかった。

―まあ、そうでしょうねえ。

松井 でも「赤い雨」の正体が宇宙から来た細胞状物質の可能性があるなら、やはりちゃんと調べてみないといけない。

―なんだか無限に話が広がっていきますね。「1時間隕石が遅れていたら恐竜は今も生きていた」って話だけでもくらくらするのに、ウイルス進化とか、宇宙から飛んできた生命の起源とか。

松井 「時空のスケール」を広げて考えるというのはそういうことです。でも大事なのは、考える手続き自体はあくまでも「サイエンス」でなくてはならない。

―「時空のスケールを広げる」って、なんか人生観や価値観にも影響与えそうな言葉ですよね。

松井 そりゃそうですよ。今の自分がいる世界の「外側」には必ず発見があるんだから。だから私は毎日が楽しくてしょうがないです。

(イラスト/Thinkstock)

●松井孝典(まつい・たかふみ)1946年生まれ、静岡県出身。理学博士。専門は地球物理学、比較惑星学、アストロバイオロジー。「アストロバイオロジー」は、まさにインタビューで語られていたように「宇宙スケールで地球の生物を考える」ために松井氏が提唱する新たな学問分野。NASA研究員、マサチューセッツ工科大学招聘科学者、マックスプランク化学研究所客員教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を経て同名誉教授。2009年4月より千葉工業大学惑星探査研究センター所長

最新刊『天体衝突』。過去から現在までの隕石・彗星研究を解説し、さらに「斉一説」から「激変説」へのパラダイム転換の意義を説く。講談社ブルーバックス 980円+税