日本代表メンバー23名も発表され、いよいよ6月12日の開幕が迫ってきたサッカーW杯。

今回の開催地・ブラジルは、言うまでもなく世界一ともいわれるサッカー王国。さぞ熱狂の渦が巻き起こっているかと思いきや、どうやら「W杯反対デモ」が発生するなど、我々の想像とは違っているらしい。

ジャーナリストの田崎健太氏が現地をリポートする。

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「マラカナンの悲劇(※)」から64年がたった。

約1ヵ月後にW杯開幕を控えたブラジルのサンパウロ。スポーツ用品店の店頭にはブラジル代表をはじめとして、ドイツ、スペイン、そして日本などのレプリカユニフォームが飾られている。しかし、それ以外では、W杯の盛り上がりは感じられない。

それどころか、薄汚れた壁に、赤い文字で「W杯反対」とデモを呼びかけるポスターも目につく。そして、実際にデモは頻発している。

<この国にW杯を開催する資格なし>

そんな横断幕を掲げ、サンパウロの中心地でデモを行なう人々を目撃した。それでなくとも混み合う大通りの交通を遮断して道を練り歩くので、一帯は大混雑だ。

ブラジル国内が盛り上がらないのは、ブラジル代表――セレソンに対する評価が低いことも関係している。スター選手が少なく、所属するバルセロナで調子を出し切れないネイマール頼みなのだ。

そして今回、ブラジルでW杯について話題になっていたのは、セレソンのサッカーの質よりも、開催準備の遅れである。

5月初旬の段階でも、4つの新設スタジアムが完成していなかった。もちろん、大会を円滑に運営するには、スタジアム建設だけが終わればいいという話ではない。先日、ブラジルの担当大臣は、開幕戦が行なわれるアレーナ・コリンチャンスをはじめとする各スタジアムの情報インフラの不備を認めた。メディアや観客のための十分なWi-Fi設備が間に合わないのだ。特に、報道陣は他都市の開催会場との細かな情報共有ができずに苦労するだろう。

また、このスタジアムは前述のデモの標的にもなっている。4月末、筆者が遭遇したサンパウロ市内で起きたある反W杯デモも約800人の参加者を集め、アレーナ・コリンチャンスに向かっていた。

そうした一連の反W杯デモの背景は少々複雑だ。

セレソンよりもクラブ愛のほうが勝る

そもそもは昨年6月、サンパウロでのバス代の値上げに学生が反発したことから始まっている。そして、「W杯を開催する前に、この国ではやるべきことがあるだろう」という政府批判につながった。こうしたデモはかつての学生運動とは違い、組織化されておらず、フェイスブックなどのSNSで参加者を募ることが特徴だ。

そんな緩やかなデモでも、大きな影響は出る。日本も参加した昨年のコンフェデレーションズ杯最中に、開催都市のひとつ、ベロオリゾンテでデモが起き、それを鎮圧するために警察が道路を封鎖、スタジアム近辺の交通が遮断され、大混乱となったことを覚えているサッカーファンも多いだろう。

事を厄介にしているのが、今年、ブラジルでは大統領選挙が行なわれるということ。さまざまな団体が、現政権に対してW杯を“人質”にできると気がついているのだ。

もちろん、こうした動きに対する反発もある。アレーナ・コリンチャンスは、サンパウロで最も人気のあるクラブ、コリンチャンスの本拠地として建設されているもの。このスタジアムは、コリンチアーノ(コリンチャンスのサポーター)の悲願だった。

だから、先のデモ隊がアレーナ・コリンチャンスを目的地にしていることを察知したコリンチャンスのサポーター集団「ガビオン・ダ・フィエル」の有志は、スタジアム周辺に集まり、デモ隊を迎え撃った。

ブラジル人にとってセレソンは大切な存在だ。しかし、それ以上に自身の愛するクラブへの愛情が優先する。すでにスタジアム周辺は観光スポットになっており、週末になると数多くのコリンチアーノが集まっている。

妻とおいを連れて見物に来ていた男性に話を聞いた。

「俺は生まれたときからコリンチアーノだ。家族もみんなコリンチアーノだ。みんなこのスタジアムを待っていた。ウチの周りのコリンチアーノの老人なんて、夜な夜な酒を飲みながらうれし泣きしているよ。俺たちにとってはW杯よりも、コリンチャンスのスタジアムが建設されていることのほうが重要なんだ」

かつてW杯は“すべてに優先する”存在だった。今や、そのブラジルも変わりつつある。ただ、それでも――やはりサッカーは人々にとって特別なものだ。

現在は冷めた空気があるものの、大会が開幕すれば、この国はサッカーの熱気に包まれるだろう。サッカー王国でのW杯まで残り1ヵ月である

※1950年、ブラジルで開催されたW杯の悲劇を指す。ブラジル代表は決勝まで勝ち進み、リオデジャネイロにあるマラカナン・スタジアムでウルグアイと対戦した。誰もがブラジルの優勝を信じていたが、その期待は裏切られた。ウルグアイに1-2で敗れたのだ。国民は嘆き悲しみ、自殺やショック死する者まで出た

■週刊プレイボーイ21号「開幕まで1ヵ月! ブラジルで“W杯離れ”が起きていた!?」より