被害にあった川栄李奈(左)と入山杏奈。少し時間がかかるだろうが、ふたりが再び笑顔でステージに上がる日をファンは待っている

「握手会の列に並んでいたら、ふたつ隣のレーンのテントの中から『キャー』って、悲鳴が聞こえたんです。メンバーの誰かが叫んだということはすぐにわかったんですけど、虫でも飛んできたのかなって思ったくらいで……」

現場の様子を振り返るのは、当日、東京から遠征して握手会に参加していたAKB48ファン(中堅メンバー推し)のT氏。

「その後、列がストップして、握手会を中断するアナウンスがあったので、みんな静かに待っていました。握手がなかなか再開しないので、ヒマつぶしにツイッターを見たら、『川栄が血を流している』と書き込みがあって、ヤバイことが起きたらしいと気づきました。やがて救急車とパトカーが到着。レコード会社の人のアナウンスがあり、人が暴れて、メンバー数名とスタッフひとりが負傷したと知ったのです」(T氏)

5月25日、岩手県滝沢市にある岩手産業文化センター「アピオ」で行なわれたAKB48の握手会で、川栄李奈(チームA・19歳)と入山杏奈(チームA・18歳)が、ノコギリで切りつけられる事件が発生した。

ふたりは救急車で盛岡市内の病院に搬送。川栄は右手親指の骨折と裂傷、入山は右手小指の骨折と頭部の裂傷と診断され、緊急手術を受けた。

殺人未遂の疑いで現行犯逮捕された青森県十和田市在住の無職・梅田悟容疑者(24歳)は、警察の取り調べに対し、「AKBなら誰でもよかった」と供述した。

AKB48立ち上げ時から劇場支配人として関わり、現在はカスタマーセンター長の戸賀崎智信氏は、「(AKB48劇場)オープン当初より、『会いにいけるアイドル』をコンセプトにこのプロジェクトをファンの皆さまとつくり上げていくなかで、メンバーもスタッフも一番大切にしていた『握手会』でこのような許し難い事件が起きたことに強い憤りを感じます」と、コメントを出した。

警備には警察OBも常時、巡回

現在のAKB48にとって「一番大切」といわれる、その握手会の仕組みについて、あらためて説明しよう。

AKB48のCDは、初回出荷分に特典として握手券がついており、それを持って握手会に行くとメンバーと握手ができる。その握手会には大きく分けて2種類ある。

まず特定のメンバーを事前に指定した握手券で参加する「個別握手会」。このCDはネット通販サイト『キャラアニ』限定で販売される。購入には登録が必要で、握手券は偽造防止のためバーコード管理。転売防止のため、握手会当日は顔写真入りの公的な身分証が必要となるなど、厳しい管理の下行なわれている。

もうひとつが握手のできるメンバーが数日前までわからない「全国握手会」。握手券が封入されたCDは普通のCDショップで買うことができる。身分証はいらないし、誰でも気軽に参加できる。事件が起きたのはこの全国握手会だ。

当初、川栄や入山に恨みを持つ者の計画的犯行という説もあったが、岩手に来るメンバーが発表されたのは3日前。ふたりが来なかった可能性もある。そう考えると、梅田容疑者の「誰でもよかった」という供述にも筋が通るのだ。

その全国握手会の流れだが、握手券を持ったファンは、まず好きなメンバーがいるレーンに並ぶ。そして、握手する手前でスタッフに握手券を渡し、両手に何も持っていないことを確認してもらうと、メンバーと握手ができる。

ファンとメンバーの間には長机が置かれ、ファンの後ろには、列が進むように促す「剥がし」といわれるスタッフが立つ。人気メンバーの場合、握手時間が長引いて、終了が遅くなってしまうため、各メンバーに、ひとりずつ剥がしがつく。今回事件が起きたレーンは1枚の握手券で5人と握手できるレーンで、剥がしスタッフはふたり配置されていた。

また、握手会会場には「OJS」と呼ばれる、そろいのポロシャツを着た警察官OBが常に巡回し、ファンへの声かけを行なっている。握手会スタート前には、彼らがステージに上がって自己紹介。それが危険行為の抑止力となっているのだが、梅田容疑者はそれを見ていなかった可能性もある。

メンバーとファンの関係をぶち壊すなんて許せない!

その梅田容疑者の卑劣な犯行を、AKB48ファンはどう受け止めているのか。自身も握手会に参加するAKB48の大ファン、社会学者の濱野智史氏はこう語る。

「今回の一件は、現実空間でどこにでも起こり得る事件ではありますが……。あんなヤツのせいで、AKB48にとって大切な握手会というシステムが潰されようとしているんです。冗談じゃない!」

AKB48を初期から追いかける古参ファンのU氏も声を荒らげる。

「僕らが必死につくり上げてきたメンバーとファンの関係をぶち壊すなんて許せない!」

初期のAKB48の握手会は、東京・秋葉原の劇場で行なわれていた。

「参加しているのは、メンバーもファンもみんな顔見知り。知らないヤツがいたら『誰だ?』ってなる。変なヤツが来たら、スタッフに報告するなど、自浄作用がありました」(U氏)

だが、規模が大きくなるにつれ、ちょっとしたトラブルが起こることもあったという。

「メンバーに向かって『ブス』とか『選抜やめろ』とか、暴言を吐くヲタがいたり、ファン同士のケンカがあったり。でも、さすがにメンバーへの暴力なんて聞いたことがなかった」(U氏)

前出の濱野氏はこう語る。

「何より握手会がメンバーのトラウマになっちゃうことが悲しいですよね。本当は握手会で川栄さんや入山さんのところに行って、『大丈夫だよ』って言ってあげたい。でも、今回の件で、彼女たちに、僕らファンを疑う心が0.0001%でも生まれてしまったら、僕らも握手に行けないですよ」

事件を受け、警察からは安全の確認が取れるまで、握手会などは中止するように要請されている。金属探知機を導入、メンバーとファンをアクリル板で仕切るという話も出ている。

「それでメンバーが安心できるなら、そのコストは僕らファンが負担してもいい。警備が足りないなら、ファンが警備員として、メンバーを守るという気持ちを持つ。列に並んでいるときにお互いボディチェックをするのもいいでしょう」(濱野氏)

そう、今回の一件はメンバーとスタッフだけでなく、ファンも一丸となって乗り越えなければいけないのだ!

(取材・文/関根弘康)