卒業となったクロマグロたちは「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」(大阪店・銀座店)へ運ばれる

孵化(ふか)させた稚魚で成魚に育つのは1%というクロマグロ。その完全養殖に成功という世界初の快挙を成し遂げたのは、近畿大学水産研究所だ。常に先駆的役割を果たし続ける理由、さらに見据える未来図とは……?

■研究費は、養殖した魚を売って稼ぐのが近大流

2002年6月、近畿大学水産研究所は最も困難とされていたクロマグロの完全養殖を世界で初めて成功させた。研究開始から32年もの歳月が経過、そこまで年月をかけ、成し得た理由を同研究所の宮下盛(しげる)所長はこう語る。

「最先端の技術革新があったというわけではないんです。ひと言でいうと『研究体制の違い』です」

クロマグロの養殖の研究を始めたきっかけは、1970年に水産庁が音頭をとって近大を含む全国8つの研究機関に開発を推進させたこと。しかし指定された3年の試験期間が終了し、国からの研究費が途絶えると、どこも皆断念。ところが唯一、近大だけが研究を続けることができた。

「創立当初から、研究をしながら実際に魚を養殖し、それを売って稼いだお金を研究費に回し続けることをずっとやってきていました。だから国の援助が途絶えても自前でもって継続できた。クロマグロの完全養殖の成功は、この独自の研究体制のたまものなんです」

現在の売り上げは養殖用稚魚などの販売で年間約27億円。今もその中から研究費の一部が捻出されている。それほどまでして研究を続ける素地がどこにあったのか?

「実は、水産研究所ができたのは近大の創設より前なんです。どこからも研究費が出るあてなどなく、当初から自分たちで作った魚を売るしかなかった。その結果、自分たちの研究費は自分たちで捻出する独自の伝統が根づきました。“研究所”と名前はついてますが、設立時からやってたことは養殖業者と変わらなかったんですよ。でも、こんなことをやっている研究所は世界中を探してもウチだけです(笑)」

「近大は、魚を売っているからあれは研究者じゃない」と陰口を叩かれたことも。しかし、魚を売って稼いでいたからこそ世界初の快挙が成し遂げられたのだ。

成功の秘訣は職人技?

また、「膨大な経験、ノウハウの蓄積がマグロに生かされた」と語るのは近大水産養殖種苗センター大島事業場の岡田貴彦場長だ。

「ほかにも18種類の魚の人工孵化を成功させているようにマグロで行き詰まったらタイはこうだった、ヒラメはこう乗り越えたとかアイデアが次々出てくるんです。応用の積み重ねで壁をひとつひとつ打ち破っていったという感じ」

まさに魚のスペシャリスト集団! だが、それに対して、

「いや、ウチにはひとつの魚に精通した専門家はいません。いろんな魚に携(たずさ)わるから経験を別の魚の研究に応用することを、もう当たり前のようにやってるんです。紙に書いて伝えることのできない職人技の世界(笑)」(岡田場長)

和歌山の大島実験場には直径30mのイケスに完全養殖マグロが。3、4年で体重も40~70㎏くらいになったら卒業の日を迎える

では、そんな近大が今後見据える先は……。天然クロマグロの個体数減少が指摘されるなか、ヨコワと呼ばれる養殖用稚魚の乱獲が問題視されている。天然のヨコワに頼らない完全養殖を拡大し資源を守ることが第一だが、まだまだ天然に依存しているのが実情だ。

「国内でクロマグロの養殖に使われている稚魚は年間約60万匹。そのうち近大が卵から孵化させた稚魚は一昨年でやっと9万匹。残りは天然から捕獲したヨコワですから、資源保護を考えると少なくとも半分の約30万匹は置き換える必要がある」(前出・宮下所長)

だが、これがなかなか大変だ。

「ほかの魚の稚魚は5cmほどに育てて出荷すれば問題ないのですが、マグロだけはその大きさだとすぐに死んでしまう。そのため天然のヨコワと同じ30cm大になるまで海のイケスでさらに育てる“中間育成”という手間をかけねばなりません。しかしそれには巨大なイケスがいくつも必要。近大だけでは足りず、数年前から企業と共同して、やっと9万匹までこぎつけたところなんです」

このほかにもさまざまな試行錯誤を繰り返し、稼ぎながら革新し続ける近大水産研究所。日本の魚食文化を守るため頑張ってくれ!

(取材・文/渡邉裕美 取材協力/日野和明[ボールルーム] 近畿大学 撮影/五十嵐和博)

近大マグロ卒業の日を公開

ダイバーが空気銃で電気銛を撃ち込む。命中した瞬間に電気を流し気絶させる

まず頭部から金属棒を入れ神経をつぶす。死後硬直を遅らせ鮮度を保つのが目的

内臓を取り除き、血液(DNAサンプル)採取などが手早く行なわれる

出荷まで常に低温をキープ

氷づけにされたまま、冷蔵室に運ばれる

 

冷蔵室で身長、体重などが計測され水温0℃で保存。翌朝には出荷される