毎日毎日、どんなに遅くまで働いても残業代はゼロ――。

働いた「時間」と関係なく、「成果」によって賃金が決まる「残業代ゼロ」の働き方が、アベノミクスの成長戦略の一環として導入されそうだ。

安倍首相は、第1次安倍内閣の2007年当時、ホワイトカラー・エグゼンプションという、今回と同じような政策を提案したが、そのときは長時間労働を招くとして反対されたのだった。

それが今また復活しようとしている。安倍政権は、なぜこんなにも労働時間規制を変えようとしているのか。経済評論家で獨協大学特任教授の山崎元氏に聞いた。

「安倍政権を支持しているのは、経団連をはじめとする大企業の経営者です。そしてその経営者が利益を出しやすい環境を整えてあげることこそが、安倍首相の成長戦略。企業経営者としては、会社に長時間いるからといって、今までは形式的に払っていた残業代を払わなくていいとなれば都合がいいわけです」

前回のホワイトカラー・エグゼンプションでは、その対象が年収900万円以上のホワイトカラーだったが、今回の残業代ゼロ法案では何が変わるのだろうか。

「現段階では、幹部候補の労働者、あるいは従業員の過半数をカバーする労働組合を持つ会社で、本人と労使の合意がある場合となっています」(山崎氏)

4月の段階では年収1000万円以上だった条件が幹部候補に変更されたが、どのみち高年収者が対象。となると適用範囲はかなり限られてくるが、果たしてこれをそのままうのみにできるのか。

「制度を導入するときは、高めの年収に設定し、多くの労働者とは関係ない、『給料の高い一部の人の話』とするでしょう。ただ、法案が実際にどういう形で出てくるかは注意してみなければいけません。おそらく条件を変更できるような形にして出してくる。例えば、政令で変更できるようなことになれば、適用範囲は後でどんどん広くすることができます。事実上、“小さく産んで大きく育てる”ことになるわけです」(山崎氏)

成果主義を正しく導入するための条件とは?

かつて、労働者派遣法のときも最初は限られた職種のみだったが、法律が施行されると次々と職種が増えていった。同じように、残業代ゼロの裾野も広くなる可能性は高そうだ。

では、もうひとつの適用要件である、本人と労働組合による合意も、会社の要求の前に歯止めとなるのだろうか?

「これも難しいでしょうね。日本の労働組合は、その多くが会社の出世コースに組み込まれていますから、本気で会社と闘う組合はほぼないと思われます」(山崎氏)

■成果達成のために、さらに長時間労働を強いられる!

とはいえ、「時間」ではなく「成果」によって報酬が決まるということは、自分に課せられた仕事を達成すれば“定時”でなくとも帰宅していいということ。そういう点では、時間に縛られない成果主義も悪くはない。

「確かに、成果に対して年俸や、給料、ボーナスが決まるというのは、国際的に見ればフェアだし、外資系企業などはこれが普通です。ただし、これをやるにはふたつの条件が必要。ひとつは、個々の成果をきちんと計測して、納得できる形で労働者と会社側とが交渉できることです」(山崎氏)

わかりやすい例で言えば、外資系証券会社で売り上げをこれだけ上げたから、来年の年俸はこれぐらいが妥当であると労使双方納得の上で報酬を決めるやり方だ。

「ただ、日本は成果を計測するというより、形式的に個々の給与を決める、例えば勤続何年だからいくら、みたいな大ざっぱで横着な経営しかしてきませんでした。それを急に成果で評価するから残業代はゼロだと言われても、その基準を信じられません」(山崎氏)

残業代ゼロはブラック企業を助長させる?

では、成果主義を正しく導入するための、もうひとつの条件はどうか?

「それは、会社側の評価に不満があり、交渉がまとまらなければ、転職できるかどうかです。成果主義の場合、労働者と会社は、お互いのパワーが対等でなければいけない。対等であるためには、労働者が転職できるというカードを持っていなければいけないんですが、日本は残念ながらその転職市場が発達していない」(山崎氏)

となると、会社側が交渉の主導権を握ることになる。

「労使が対等でない今の日本で成果主義が導入されれば、経営者は会社にとって都合のいい“成果”を従業員に課すでしょう。となると、従業員も成果を達成するまでは長時間働かなければならない。結局は、労働が強化される方向に向かう。報酬は増えないのに、労働時間ばかり長くなるのは避けられないと思います」(山崎氏)

労働問題に取り組むNPO法人POSSEの川村遼平事務局長も、残業代ゼロによって経営者が手にする“得”について、こう話す。

「現状、労働問題では長時間労働そのものが違法とはなりづらく、労働者が企業の不正を訴えるには、サービス残業による残業代の未払いという違法行為を告発するしか方法がありませんでした。ところが、残業代ゼロになれば、その違法を取り締まる根拠がなくなります。今ブラック企業が野放しで問題となっていますが、この法案はブラック企業を助長させる危険性があります」

従業員が成果を生むまで長時間こき使っても、残業代も払わなくていいし、そのことで訴えられる心配もない。このままでは残業代ゼロは、単にサービス残業の合法化となるにすぎず、際限なく働かされた従業員の過労死を招くかもしれないのだ。

安倍政権がそれでも残業代ゼロを推し進めるのはなぜなのか?

「政府が雇用改革をするという姿勢を見せて、海外を含めた投資家からいかにお金を集めるかということしか見ていない。そんな姿勢では、みんなの生活がどうなるかということが重視されているとは思えません」(川村氏)

成果主義を実行する土台も整備せずに残業代ゼロが導入され、過剰な長時間労働の上に成り立つ日本経済は果たして本当の“成長”を迎えることができるのだろうか。

(取材・文/頓所直人)

■週刊プレイボーイ25号『「残業代ゼロ社員or永久ハケン」どっちの“勤め人人生”が幸せか、ルール改定前に考えてみる!』より