6月末、日本のケータイ業界を震撼させる大きなニュースが飛び込んできた。

総務省による有識者会合「消費者保護ルールの見直し・充実に関するWG(ワーキンググループ)」の第7回会合で示された中間取りまとめ案に、「店頭でのケータイ・スマホ販売にもクーリングオフ導入を」「キャリアはSIMロック解除に応じることが適当」といった内容が盛り込まれたのだ。

契約から一定期間なら消費者が契約を解除できるクーリングオフが導入されると、「端末購入時に現金で○万円キャッシュバック(以下、CB)」という売り方が成り立たなくなる。加えて、SIMロックが解除されれば、キャリア乗り換えの際に端末を買い換える必要がなくなるので、現在の「月々の割引+2年縛り」という販売方法が困難になる。つまり、今のケータイ販売システムが根本から崩れるのだ。

大手キャリアを締め付けることで、ケータイやスマホ販売の歪(ゆが)んだ現状が正されると評価する向きがある一方、ほかの意図を指摘する声もある。前出の有識者会議のメンバーとも親交がある業界紙記者のB氏が語る。

「ズバリ、アップルの影響力を抑制することです。表面的には、今回の件はキャリアと消費者との問題に感じられます。ところが、携帯通信サービスがここまでの巨大産業に成長した今、その市場の動向は国家の産業構造をも左右しかねない問題なんです」

確かにケータイ業界は、上位3社で営業利益2兆円超という、自動車メーカーにも匹敵する規模の事業に成長している。またケータイやスマホの端末製造、販売といった分野も含めると、その規模はさらに大きくなる。

「CB販売は、もう何年も前からありました。それがなぜここまで過熱して、総務省が問題視するまでになったのか。そもそもの原因は、ドコモ、au、ソフトバンクの3社がそろってiPhone5/5Cを取り扱い始めたことにあります」(B氏)

昨年秋以降、各キャリアともiPhoneをスマホ販売の主力に位置づけた。その結果、スマホ販売全体に占めるAndroidのシェアは下がり、iPhoneの存在感は大きく増すことになった。

「もちろん、アップルはこの状況に高笑い。一方の3キャリアはアップルの高い販売ノルマを消化するのに精いっぱいというのは公然の秘密。3社横並びでやっている『実質0円』も、アップルがiPhoneを取り扱わせる条件にしているのではという噂もあるくらいです。その上でこの春には4万や5万円ものCBをつけたわけです。キャリアはiPhoneを売っても儲(もう)からないんですよ。でも他社からユーザーを奪うには、この販売方法を続けるしかない、そんな状況に追い込まれている。

iPhone快進撃の裏で、販売不振になった国産メーカーはスマホ生産から次々に撤退し、iPhoneの液晶パネルやカメラといったパーツをアップルに供給する下請け会社になってしまっている。つまり今の日本のスマホ関連産業は、アップルに“アゴで使われている”と言っても過言ではないのです」(B氏)

キャリアも内心ではホッとしている?

実際、大手家電量販店のスマホ売り場でも、目立つ場所にあるのは3キャリアともiPhoneだ。それ以外のスマホはまとめて隅に押しやられている印象がある。

「キャリアは、ホンネで言えば、儲からないiPhoneを売るより回線数を増やしたい。だけどアップルの厳しいノルマがあるから台数をさばかなくちゃいけない。 Android端末ではSIMロック解除に応じているドコモも、iPhoneにはSIMロックをかけたままなのが、そのいい証拠。

もしドコモがSIMロック解除に応じたら、『キャリアを変えても使えるiPhone』として人気になるかもしれませんが、そうなるとauやソフトバンクもSIM ロックを外してくるかもしれない。すると乗り換えによる端末購入が減り、3社とも販売台数のノルマを達成できなくなる可能性があります。そこでドコモは ユーザーの不利益になることを承知の上で、iPhoneにのみSIMロックをかけているのではないでしょうか」(B氏)

つまり、今回ニュースとなったクーリングオフ導入&SIMロック解除が、こうしたアップルの快進撃に水を差すものになる?

「そう。もしふたつの政策が実現したら、3社ともこれまでのようにiPhoneをさばくことはできなくなる。そうなれば、キャリアはアップルに対して、『総務省の規制のせいで、これまでのようなノルマでは受けられない』と条件の変更を迫らざるを得なくなる。総務省とすれば、キャリアにノルマ拒否の“大義名分” を与えたようなものでしょう。

高額なCBをつけてユーザーを3社でぐるぐる回して、ノルマをやっとの思いで解消しているような現状にキャリアも本心では辟易(へきえき)しているはず。表向きは総務省の方針に反発しつつも、裏では歓迎していてもおかしくない」(B氏)

さらにその先にある総務省の思惑とは…

そして、この総務省の意向に、キャリアがいやが応でも従わなければならない理由もある。

「最大のポイントは、日本では電波オークションが導入されていないため、電波の割り当てが管轄官庁である総務省の、いわば“胸三寸で決まるということです。電波はキャリアの競争力に直結しますから、許認可を握っている官庁にキャリアは盾(たて)突くことはしません。それほど“電波ムラ”は強い。

つまり、総務省に“金玉”を握られている3キャリアは、『これまでのような売り方はできない』とアップルに釈明する口実ができるわけです。口ではクーリングオフとSIMロック解除に反論しつつも、実は安堵(あんど)しているんじゃないですかね」(B氏)

そのように、総務省が巧みにアメとムチを使い分ける理由はどこにあるのだろうか?

「総務省、そして国内産業を掌握する経済産業省が頭を悩ませているのは、プラットフォーム、端末、アプリと、すべてが海外勢に牛耳られている今の状況です。OSはアップルのiOSとグーグルのAndroidが二分。一番売れている端末はアップルのiPhoneだし、サービスもFacebookやTwitterなど、海外生まれのOTT(オーバー・ザ・トップ)プレイヤーが他を圧倒しています。総務省、経産省ともこれを面白く思っていない。

じゃ、国産勢にもう一度日を当てるにはどうすればいいのか? その答えが『脱・iPhone依存』であり、今回のクーリングオフ、SIMロック解除なのでしょう。今はスマホ市場で圧倒的に不利な状況に置かれている国産スマホメーカーも、アップルの一極支配が終われば、まだ復活の目があるかもしれない。そのなかから国産の優れたサービスが誕生してほしいという期待もある」(B氏)

さらに、国家戦略上の安全保障という側面も無視できないという。今回、打ち出したワーキンググループの最終報告書がまとまるのは秋頃といわれているが、それぞれの思惑が絡み、水面下を含んださまざまな動きが今後あるはずだ。

■週刊プレイボーイ30号「突然のキャリア締めつけ政策は総務省「脱i Phone計画」の布石だった!」より