作家・垣根涼介氏が「幸せな生き方」を探し続けた大人気シリーズが、ついに完結!

「あなたにとって仕事とはなんですか?」

この問いかけをテーマにした小説『君たちに明日はない』が上梓(じょうし)されたのは2005年のことだ。

企業のリストラを請け負う会社でクビ切り担当面接官をする主人公が、解雇候補の会社員に希望退職を促す。そんな人生の岐路に立たされた登場人物が垣間見せる、「自分と仕事」に悩む姿。そして、導き出す己の人生への答え――。

第1作から約10年。今年5月に発売された5作目迷子の王様 君たちに明日はない 5』をもってシリーズは完結となった。

そこで著者の垣根涼介氏にあらためて「この小説に込めた思い」について聞いた。

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―ついにシリーズが完結しました。もう終わってしまうのかと思うと、ちょっと寂しい気もします。

垣根 この作品は「お仕事小説」として書いてきましたが、テーマである「あなたにとって仕事とは何?」については、手を替え品を替えやってきて、そろそろ今の時代に対して言いたいことは言い尽くした感じですね。昔はリストラ請負会社なんかなかったのに、今はありますし。

―現実が小説に追いついた、と。ただ、この10年で会社員の悩みは深くなっている気もします。長引く不況、デフレ、リーマン・ショックで給料は下がり続け、ブラック企業という言葉も出てきた。アベノミクスで少しは景気が良くなったと言ってますが、それで幸せになったかというと必ずしもそうではない。

垣根 正直言って、アベノミクスで生活が良くなる方向にはいってないですよ。そういう意味では、会社員はますます大変な時代になってきてるとは思います。

でも、そもそも会社に入るとき、多くの人は「自分の仕事として何ができるか」ではなく、待遇や給料、ブランドで選んでますよね。だから今、仮に厳しい状況になってたとしても、そんな選択をした本人にも責任がある。被害者という一面はあるけど、一方的な被害者面(づら)はできない。職業選択の「自由」にも、「自己責任」は常について回るということです。

なのに、不景気になって世の中はさらに、より大企業シフト、安定シフトにいってしまった。若者の就職活動なんか特にその兆候が出てると思います。不景気なんだから逆に自分で何かしようって感じにはなってない。どこかの時点で、納得できることを自分で始めたほうがいいと思いますけどね。

金稼げればなんでもいいのか?

―シリーズ3作目で旅行代理店に勤める男の話が出てきますが、垣根さんが旅行代理店にお勤めだったときも、もしかしてあんな感じだったんですか。

垣根 はい。最後の3年は小説も書かなくちゃいけないから仕事は適当に切り上げてました。ここまでやっとけば文句は言われないだろうってライン。だから当時、すごい怒られてた。それでもやり続けた。このままの人生だとちょっとまずいなって思ってましたから。

―最初から、会社に勤めるのは向いてないって意識はあったんですか。

垣根 僕、最初の就職先が営業系の会社だったんですよ。営業を取ってきてナンボの会社。ただ、そのときも仕事を取ってくりゃなんでもいいのかって、いつも思ってました。確かに会社は金稼ぐのが大事だけど、金稼げればなんでもいいのかって……。正直言うと、それがいやで2年で辞めました。そういう意味では、僕はあんまり会社に適応してたとは言えないでしょうね。

―それで小説家を目指すと。

垣根 もう就職してなんとかって時代でもなかったし、年齢的にも厳しいし。で、自分の好きなことを考えたら、読書が一番の趣味だったんですよ。だから、小説家だなってのは最初にありましたね。

とにかく僕は自分の気持ちや好きなことに正直になるのが大事と思っています。そもそもお金なんて食っていく分があって、あとは自分がやりたいことをやってられれば、それで十分。そんなに必要ないでしょう。

だから会社にいたとしても、自分の仕事を楽しくするほうにシフトしようよって考えなんです。所属した会社の中で、今ある状況でいかに自分の仕事を楽しくするかってやり方をしようよって。

好きなことやってると、不思議とうまく回りだす

―最近は出世よりも、そういう考えを重視する若い人が増えているようです。

垣根 そもそも日本の経済発展は止まったし、少子高齢化で人口もダウンサイズしてるから、昔のような出世コースに乗るなんてもうあり得ない。そう考えると、それぞれが好きなことをやって特化していくしか生き残る方法はないと思ってます。

―もう出世なんかないんだから、好きなことを極めればいい。逆にいい時代ですよね。

垣根 実は日本は少子化になって人口減っても、本質的には何も問題ないんです。ビッグサクセスはなくなってくるだろうけど、地価は安くなる、(安倍政権以前は)デフレが起こって給料が変わらなくてもどんどん暮らしやすくなってきていたでしょう。そんななか、おそらく地味にみんな食えている。

僕の大学のときの一番仲良しが13、14年前に会社辞めて、いろいろあってボランティアの代表になり、山陰の山の中で月5万円で生活を始めたんです。彼に会いに行って1週間その生活を見てたんですが、まあ、楽しそうでしたね。お金がないならないなりに優雅に暮らせるっていうのを目の当たりにしました。

しかも、その5万円は100パーセント飲み代なの(笑)。廃屋を役場がタダで貸してくれるし、光熱費も出してくれる。食料は周りの住民からばんばん集まってくるから何も困らない。

―それで幸せに暮らしてられるなら、別にいいですよね。都会暮らしや会社員生活から外れると、「負けた」とか「大丈夫か」とか、そういう発想自体がそもそも間違ってるような気がします。

垣根 僕もそのときは、「おまえ、今はいいけど、将来どうするの?」って聞いたんですよ。そしたらそいつが言ったのが「今を楽しめてない人間が、将来も楽しめるとは思えないよ」って。おっしゃるとおり。今が楽しかったら、その楽しいことをどんどんやり続ければいい。そうすると知り合いも増えるし、いろんなものが増えてくる。好きなことやってる人間というのは、お金のことはほとんど考えてないけど、そのうちなぜかうまく回りだすんですよね、不思議と。

だから僕が常々言ってるのは、世の中で好きなことを見つけようよって。仮に会社の中にいたとしても、好きなことを見つけてそれを仕事にできれば、それに対して会社が経費を払ってくれる。どちらにしても、その人次第です。

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「仕事」という自分の人生の大きな部分を占める時間。それをどう過ごすか自分で考え、選んでいく。それが幸せの一歩になる。この本を読むと、そう思えてくる。

(構成/頓所直人 撮影/五十嵐和博)

●垣根涼介(かきね・りょうすけ)1966年生まれ、長崎県出身。筑波大学卒業。サラリーマン生活をしながら執筆した作品『午前三時のルースター』でサントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞。04年『ワイルド・ソウル』で大藪春彦賞・吉川英治文学新人賞・日本推理作家協会賞の史上初3冠獲得を達成。翌年『君たちに明日はない』で山本周五郎賞受賞。昨年は『光秀の定理』で時代小説にも作風を広げ話題を呼んだ

■『迷子の王様 君たちに明日はない 5』 (新潮社 1400 円+税)リストラを進める企業に乗り込み、クビ切り面接を行なう主人公・村上真介。彼と面接される人とのやりとり、視点から「人生における幸せとは何か?」を問いかけ続けた、笑って泣ける「お仕事小説」の完結編。回を追うごとに“垣根格言”がさえ渡る。仕事に生き方に悩んでる人は必読!