右肘の異常を訴え、戦線離脱を余儀なくされたヤンキースの田中将大投手。

「日本で高校時から投げ過ぎていたのでは?」「いや、入団時のメディカルチェックでは何も問題なかった。メジャーのマウンドが日本と比べて硬すぎるからでは?」「使用球が日本のものより滑りやすいため強くボールを握って肘に負担がかかった」……など、さまざまな意見が飛び交う。

だが、ここにきて、メジャー特有の問題が強く影響しているのでは?との声があがってきている。

というのも、田中に限らず、ここ最近のメジャーでは故障する投手が続出しているのだ。

メジャー某球団の国際スカウトがこう指摘する。

「メジャーはキャンプでも『投げ込み禁止』を徹底するなど、投手を大事に調整させます。ところが近年は、日本人のみならず、アメリカ人投手らにも目立って故障が増えているんです」

それを象徴しているのが、「トミー・ジョン手術」を受ける投手の爆発的な増加だ。傷ついた靭帯を再建するため、ほかの部位の腱(けん)を切り取って移植する手術であり、復帰には1年から1年半という長いリハビリ期間を要する。

メジャーリーグ評論家の福島良一(よしかず)氏はこう語る。

「肘の靱帯断裂が明らかに増えたのはここ5年くらいでしょうか。特徴は、その多くが若い剛腕投手だということ。例えば2010年のストラスバーグ(ナショナルズ=当時22歳)、2013年のハービー(メッツ=同24歳)、今年でいえばムーア(レイズ=同24歳)、フェルナンデス(マーリンズ=同21歳)など、いずれも20代前半でメジャーのトップをうかがうレベルの投手です」

今年だけで、トミー・ジョン手術を受けたメジャーの投手はすでに20人以上! マイナーを含めれば、なんと40人にもなるという。 さすがに異常事態だということで、バド・セリグコミッショナーは今年5月に現状調査と研究を指示。それを受けて7月には研究者、医療者のシンポジウムがシアトルで開かれた。

「トミー・ジョン手術は、当初は神業(わざ)とあがめられ、その後は肘痛からの復帰の王道のようにいわれたこともありました。しかし、復帰までに1年以上もかかるというのでは、莫大な金額を選手に投資している球団経営者たちにとっても頭が痛い。投手の肘の故障の続発は、メジャーにとって今、最も深刻な問題といえるかもしれません」(前出・メジャー某球団スカウト)

実は合理的じゃないメジャーの実態

そこで日本のみならず、アメリカでも注目されているのが、7月のオールスター戦前日会見で、ダルビッシュ(レンジャーズ)が田中の故障について語った発言だ。

「(登板間隔が)中4日は絶対に短すぎる。140球投げても、中6日あれば靱帯などの炎症はきれいに取れる」

これを受け、『ニューヨーク・タイムズ』電子版は、現在は同じレンジャーズに在籍し、かつて広島で投げていたルイスの「(日本時代は)週1回のペースで投げるのは心地よかった。常にいい状態で登板することができた」という発言を紹介している。

メジャーでは常識となっている中4日という登板間隔も、100球前後という球数制限も、科学的に「これがベスト」と裏づけされたものではなく、いわば慣習にすぎない。ただしそれでも、メジャーで先発投手の登板間隔が見直されるには高いハードルがあると前出の福島氏は指摘する。

「強い力を持つ選手会や代理人が働きかければ、登板間隔に規定が生まれる可能性はあります。ただしその場合、先発ローテを現状の5人から6人に増やす必要があり、現状のベンチ入り枠25人をひとり増やすことにもつながる。このあたりは経営者側との争点にもなるでしょうね」

また、ダルビッシュは登板間隔だけでなく、メジャーの投手たちのトレーニングについても苦言を呈している。

「最近の筋力トレーニングは球速アップを求めて、下半身と背中の強化に偏りがち。それが腕への負担を増し、肘にしわ寄せがくる」

メジャーの最新事情をよく知る、ある球界関係者はこう語る。

「アメリカは極めて合理的な発想の国といわれるが、実際は意外と慣習に縛られてきた部分がある。トレーニングや治療方法にしても、先進的なことをする一方、一度定着すると疑うことなくそれに従うという一面もあるんだ」

ダルビッシュがオールスターという注目度抜群の場であえて発した提言は、メジャーの改革につながるかどうか。

(取材/木村公一)

■週刊プレイボーイ32号「やっぱり、マー君はメジャーとヤンキースに『壊された』!?」より