アベノミクス成長戦略の目玉のひとつとして、政府内では2020年までにカジノを解禁しようという動きが進んでいる。

しかし、それを意識したかのように8月20日、厚労省は突然、「パチンコや競馬など、ギャンブル依存の人が成人人口の4.8%にあたる536万人もいる」との推計を公表した。しかも、「ギャンブル依存症が増える懸念が強く、もしカジノが整備されたとしても日本人は利用できないようにすべき」と言い出したのだ。

確かに、ギャンブル依存症はコワい。一度依存してしまうとまともな社会生活を送ることは不可能。廃人同様になってしまう。

日本よりひと足先にカジノを解禁したお隣の韓国では、ギャンブル依存による経済的損失が約7兆4000億円(2010年)に達したとの政府資産がある。さらに国内で唯一、自国民の入場できるカジノ「江原(カンウォン)ランド」では、2000年の開業以来、すでに50人以上がカジノ場内で自殺をしたとのデータもあるのだ。

この惨状を見れば、国民の健康に責任を持つ厚労省が「カジノへの日本人入場を認めるべきでない」と主張するのはもっともなようにも思える。

だが、世界のカジノ事情に詳しい日本カジノスクール校長の大岩根成悦(おおいわねまさよし)氏は首をかしげて、こう語る。

「厚労省の数字はどうにもめちゃくちゃです。今年7月にシンガポールのカジノ事情を視察してきましたが、そこで受けた説明は人口の2.6%、約140万人がギャンブル依存症で、この数字は各国のギャンブル依存率の平均とほぼ同じとのことでした。だとすると、日本の数字はちょっと高すぎるような印象を受けます。それにカジノができれば、ギャンブル依存症が増えるというのはあまりに短絡的です。カジノには政府や運営者が依存症対策をきっちりと行なう制度があり、入場回数や使用金額などをチェックし、依存症の傾向がある人にはカウンセリングが施されることになっています」

今、政府内で検討されている日本版カジノはIR(統合型リゾート)と呼ばれるものだ。国際展示場、シアター、ホテル、ショッピング施設、アミューズメントパークなどを統合した大型施設のことで、カジノはその一部分を構成するにすぎない。全体としては、あくまでも家族が休暇を過ごすための巨大リゾートで、母親や子供がショッピングや観劇を楽しむ合間に、お父さんが適度な額を賭けて、優雅に勝ち負けを楽しむものとして制度設計されている。

厚労省の日本人入場禁止論は建前だった?

では、ことさらギャンブル依存症の多さを騒ぎ立て、日本人のカジノ入場を禁止にする必要はないのでは? この疑問に、経済ジャーナリストの岩崎博充(ひろみつ)氏がこうささやく。

「厚労省が日本人の入場を禁止すべきと言った裏にはワケがある。巨大なカジノ利権に、厚労省も一枚噛(か)みたいと狙っているんです」

どういうことなのか? 岩崎氏が続ける。

「カジノ法案の11条には、このような文言があります。『カジノ管理委員会は内閣府に外局として置かれるものと』する。この条文どおりになると、カジノ利権は内閣府が牛耳(ぎゅうじ)ることになり、厚労省は関与できなくなってしまうんです」

なるほど、それでギャンブル依存症の多さを言い立て、カジノができた際、依存症の教育更生施設やその許認可、依存症対策のプログラム作成・普及といった利権を確保しようという作戦か。

「そのとおりです。『日本人のカジノ入場はダメ』というのは、あくまでも建前。いざとなったら、日本人の入場を認めると妥協に動き、その代わりに『依存症の対策はすべてウチに任せてね』というのが、厚労省の本音と言えるでしょう」

カジノに詳しいライターも言う。

「韓国の江原ランドにはギャンブル依存症をケアする『中毒管理センター』という施設がつくられています。このような医療関連施設は厚労省の得意分野。カジノを管轄する役所は内閣府と決まる前に、『とにかく中毒管理センターのようなものは、すべて厚労省ものだから!』と、ツバをつけておきたいだけなのだと思います」

つまり、厚労省が突然公表した世界一のギャンブル依存症率と日本人入場禁止論は、依存症対策の利権をひとり占めにしようという「省益」から飛び出たものだった?

しかし、実はカジノ利権を虎視眈々(こしたんたん)狙っているのは厚労省だけではないという。

「省益のちらつく厚労省の公表や主張を内閣府は決して快く思っていないはずです。 ただ、カジノ利権を狙う省庁が多いだけに、今回の厚労省の手口に倣(なら)って各省庁が干渉めいたアプローチをしてきたら大変。混乱は必至でしょう」(前出・岩崎氏)

日本版カジノの前途は多難のようだ。

(取材協力/羽柴重文 黒羽幸宏)

■週刊プレイボーイ37号「内閣府vs厚労省『「カジノ利権』抗争」より