練習の準備をし、そして片づける。それが用具係の主な仕事だ

サントリーの缶コーヒー「BOSS」のCMに出演し、再び注目を浴びた元プロ野球選手で、現・横浜DeNAベイスターズの用具係・入来祐作(いりきゆうさく・42歳)

かつてはマウンド上でスポットライトを浴び、輝かしい活躍をしていた男は今、球団の裏方として日々の生活を送っている。

■「これじゃあクビだ」と自分でもわかっていた

「全体練習の4時間くらい前には球場に来て、選手たちの練習の準備をしています」

彼はそう言って、何百球ものボールが入っている大きなカートを何台もグラウンドへと押し出していった。

ボールを出し終わると今度はノック用のバットをロゴマークが見えるようにキレイにそろえてベンチ前に並べ始める。

「(中畑清)監督のバットを一番先頭に置くんです。別にそうしろと言われたわけではないですけど、やっぱり監督のは先頭がいいかなと思って……」

そして、ベンチ横にピッチャーの打撃練習用ヘルメットを右打者用、左打者用とひと目でわかるようにきちんと分けて重ねて置く。それも、それぞれS、M、L、LLとすべてのサイズを用意して。

こうした気遣いは監督やコーチ、選手たちだけでなく、バッティングピッチャーなどの裏方の人間に対しても同じだ。マウンドにはロージンバッグのほかに濡れタオルも準備する。

「ボールって気候によって変わるんですよ。空気が乾いていると滑ったり。それに新しいボールを出したときって、ちょっと湿り気が欲しいこともありますから。

ただ単に道具を用意するだけじゃなくて、選手たちが少しでもやりやすいように工夫してます。僕が用具係という仕事を任されているのは、プロ野球選手としての経験があって、『選手の気持ちがわかるから』ということもあると思うんです」

入来は、高校時代からチームの主力選手として活躍し、社会人野球の本田技研を経て1997年にドラフト1位で巨人に入団。1年目から中継ぎ投手として貢献し、2001年には球団最多の13勝をマークするなどチームの主力投手だった。

その後、日ハムを経て、2005年のオフに米大リーグに挑戦するため、ニューヨーク・メッツと契約を交わす。しかし、開幕メジャー枠に残れずマイナー落ち。翌年、ブルージェイズに移籍するが、ここでもメジャー登板はなかった。

プロ野球選手からの決別

このときのことを、入来はこう振り返る。

「米国で野球人生をまっとうできればいいなという思いだったが、2年間、まったく歯が立たなかった。アメリカに行って、俺ってこれくらいの選手だったのかって思い知らされた……」

結果を何も残せず、2007年帰国。入団テストを受けベイスターズの一員となるが、そこでも大きな成果が挙げられず、08年オフに戦力外通告を受けた。

「日本に帰ってきてベイスターズにお世話になったものの、まったくチームに貢献できていなかった。だから、シーズンの途中で『これじゃあクビだな』って自分でもわかっていたんです。球団から『来年は契約できません』って言われたとき、素直に『そうだよな』って……」

このときに入来は“プロ野球選手”としての人生に区切りをつけた。

「もう、選手として野球をやりたいとは思えなかった。その情熱がわいてこなくて……。今後の人生をどうしようか一生懸命考えるんだけど、何も思い浮かばなかった」

これまで当たり前のように野球界にいたので別の世界に行くことも考えられなかった。兄の智(さとし)さんがプロ野球選手を引退した後、飲食店に勤務し、苦労していた姿を見ていたからか、「まったく違う畑に行ったら、自分の人生はなくなる」という思いもあった。

「それで、その場でクビを告げられた球団の人に『何か仕事はありませんか?』って聞いたんです。その場で即答は、もちろんありませんでした。でも後日、球団からバッティングピッチャーの仕事が与えられました」

■用具係と選手という関係で向き合いたい

しかし、これまでプロの投手だったことが嘘のようにストライクが入らない。

「イップス(極度の緊張が原因で体が思うように動かなくなること)だったと思います。自分のためでなく、試合に出る選手のために投げていることに戸惑ったんです。自分が輝く仕事じゃない。自分になんの見返りもないということに心のどこかで葛藤があったんでしょうね。

野球に関わる仕事がしたいと思いながらも、自分はバッティングピッチャーもできないのかと思うと、もう野球を離れた仕事を探すしかないと腹をくくりました」

選手の打撃練習時には二塁ベースあたりで球拾い

選手と裏方、そこは世界が違った

しかし、そんな入来にベイスターズは、用具係の仕事を用意した。

「そりゃあ、初めは抵抗がありましたよ。やりたい仕事だったわけではありませんから。でも、用具係ならプロ野球界に関わっていられる。今の僕がプロ野球と関わっていくためには、この仕事しかないですから」

用具係の仕事は、決して楽しいことばかりではない。

「でも、面白くない仕事でも、みんな歯を食いしばって頑張っている。つらい思いをしたり、いやなことがあったりしても、一生懸命生きている人がほとんどです。この立場になって、それがわかったんです」

現役でプレーしていたため、ベイスターズには顔見知りの選手も多い。しかし、入来は彼らと一緒に食事に行くことはあまりない。

「選手と食事に行くのは用具係の仕事じゃありません。裏方を始めたばかりの頃に食事に行ったこともありますが、選手たちと同じようにはしゃげない自分がいて、何か違和感があったんです。選手には選手の世界があって、そこは用具係の自分のいる世界じゃなかった

僕は“用具係と選手”という関係できちんと選手と向き合いたいんです。プロ野球選手の先輩だからって、『入来さんには用事を頼みにくいなあ』って思われたくない。そういう雰囲気になるのはチームとしてマイナスですから」

用具係としてチームに貢献する。それが今の入来祐作のプライドだ。

「用具係は、選手たちが球場に足を踏み入れたら、何不自由なく野球ができるようにすることだと思っています。

選手たちの動きをよく見て、この場所にこれがあったら便利だろうなという道具を当たり前のようにそこに置いておく。ちょっとキャッチボールをしたいなと思ったら、そこにボールが置いてある。汗を拭きたいなと思ったら、そこにタオルが置いてあるというように……」

練習が終わるとボールを集め、用具室の中にしまう

CMで注目を浴びたことには…

こうした入来の仕事をベイスターズの選手たちはどう見ているのだろうか。

「練習の流れとかもわかっているし、選手じゃないとわからないことにも気づかれるのでとても頼りがいがあります」(黒羽根利規・くろばねとしき/捕手)

「用具のことだけじゃなく、選手の気持ちになって、声をかけてくれるというのがうれしいです。調子の悪いときに『今は我慢するときだぞ』という言葉をいただいてとても励みになりました」(山口俊・やまぐちしゅん/投手)

鳴り物入りでプロ野球界に入り、大リーグに挑戦したものの夢破れ、バッティングピッチャーとしても役に立たなかった男が、それでも野球を離れたくないとたどり着いた場所が用具係という裏方だった。

そして、自分の経験を生かし、少しでもチームに貢献しようとする姿が関係者の評判を呼び、CMに起用されたことで、再びスポットライトを浴びることになった。

サントリー食品インターナショナルの広報は、入来を起用した理由を次のように話す。

「ファンに注目される日々ではなくても、入来さんの“野球に関わっていたい”という思いを描くことで、すべての“働く人たち”にエールを送りたかったからです」

自分が注目されている現状に対して、入来は言う。

「CMに選んでいただいたことはありがたいんですけど、プロ野球の主役は選手たちなので、ヘンに目立つのはいやだなと。用具係はあくまでも選手たちを支える仕事ですから……」

裏方に徹する入来祐作。試合が終わった後、選手たちが着たユニフォームを集め、ランドリー担当に引き渡すという仕事で、彼の一日は終わる――。

入来祐作(いりきゆうさく)1972年8月13日生まれ。投手。PL学園高校、亜細亜大学、本田技研を経て、1997年にドラフト1位指名で巨人に入団。2004年に日ハムにトレード。06年に米メッツと契約。07年ブルージェイズに移籍。08年横浜に。同年、引退

(取材・文/村上隆保 撮影/村上庄吾)