いま、世界でもっとも警戒されているイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)。アメリカを中心とした空爆も始まったものの、各国の治安当局は「HGT」出現への危惧を高めているという。

この「HGT」とは、HomeGrown Terrorism(あるいはTerrorist)の略称。直訳すれば「自国育ちテロ(リスト)」となる。過激組織のメンバーではない個人が、現状への不満や絶望からネットなどを通じて特定の思想に傾倒し、自分の住む国で単独でテロを起こすケースを指す。

欧米の民間軍事会社に雇われ、傭兵(ようへい)として働いた経験を持つ日本人コントラクターA氏はこう説明する。

「HGTには、2001年の“9・11”以降に欧米諸国の治安当局が蓄積してきた対テロのノウハウがほとんど通用しません。多くは先進国に生まれ育ち、過去の犯歴もない。高学歴だったり、裕福な家庭の出であるケースも珍しくない。こうなると、治安当局が事前に察知するのが非常に困難なんです」

過去にアメリカで発生した代表的なHGTの事例を以下に列挙する。

●1995年、オクラホマシティ連邦合同庁舎爆破事件。168人が死亡。実行犯はアメリカで生まれ育ったキリスト教徒の白人(当時26歳)で、陸軍の湾岸戦争帰還兵。動機は「2年前のプロテスタント系新興教団への米当局の攻撃」に対する復讐(ふくしゅう)だと供述。

●2009年、フォート・フッド陸軍基地銃乱射事件。13人が死亡。犯人は米バージニア州出身のムスリムの軍医少佐(当時39歳)。近くアフガニスタンかイラクに派遣される予定があり、ムスリムとしての自分の気持ちに折り合いがつかず悩んでいたとされる。

●2013年、ボストンマラソン爆弾テロ事件。3人が死亡。犯人はキルギスから移民してきたチェチェン系兄弟(当時26歳と19歳)。ともにテロ組織とは無関係で、兄はボクシングで五輪出場を目指していた元スポーツエリート、弟は奨学金を得て州立大学に通っていた。アルカイダのウェブマガジンで爆弾製造方法を学んだとされるが、テロに至る動機は不明。

3つの事件のいずれも、当局はテロ行為の兆候をまったくつかんでいなかった。

米軍の予防策も近所の派出所なみ?

フォート・フッド基地乱射事件の後、米軍では軍内部でのHGT予防のため、以下のようなチェックポイントを周知して早期発見に努めているという。

・普段から米国政府の外交政策の誤りを声高に主張する。・過激な政治思想や信条について公然、非公然に言及する。・自殺、周囲への殺人願望や薬への依存。・外見の明らかな劣化、過度の落ち込み。

……はっきり言って、「危ないヤツに気をつけよう」というレベル。ほぼ打つ手なし、といっていいようだ。

ISに参加しているのは、欧米の白人社会で育った多くのムスリム移民2世、3世の若者たちが含まれる。そして、欧米の社会にも現状に不満を抱く若年層は多い。空爆が激しくなればなるほど、プロパガンダ戦略に長(た)けたISは、ネットで全世界に「腐敗した資本主義やグローバリズムに対する殉教」を呼びかける。

そうした何十万人、何百万人のうちひとり、ふたりに、ISの言葉、映像、思想がグサッと刺されば、HGTは現実のものになるのだ。

(取材/小峯隆生)

■週刊プレイボーイ41号「各国当局がマジで最警戒 自宅警備テロリストHGTはキミかもしれない……!?」より