マンガ『美味しんぼ』鼻血問題で話題となった前・双葉町長を直撃!

福島第一原発事故後、初めてとなる福島県知事選が10月26日に行なわれる。安倍政権にとっては、7月の滋賀県知事選で党推薦候補が敗れ、11月には沖縄県知事選を控えるだけに絶対に負けられない戦いーー。

そのため、自民党は県連が擁立した候補者を蹴って、民主、公明、社民との相乗り候補を選んだ。佐藤雄平知事の後継者、内堀雅雄前副知事(50歳)である。

そして、その対抗馬として最も注目を集めるのが前・双葉町長の井戸川克隆(いどがわ・かつたか)氏(68歳)。今年4月、マンガ『美味しんぼ』のなかで、「福島には鼻血や疲労感を訴える人がたくさんいる」などと発言、この内容に対して福島県や石原伸晃環境相(当時)が風評被害への懸念を示すなど、過剰ともいえるバッシングと物議が引き起こされ、自身も風変わりな人とのレッテルを貼られてしまった人物だ。

その井戸川氏は原発事故以降、国の原発政策に一貫して異を唱えている。今回、知事に立候補して何をしようとしているのかを直撃してみた。

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―いつから、県知事選への出馬を考えていたのですか。

井戸川 町長を辞めてすぐですね。立候補の理由をひと言でいえば、原発事故以降、県民があまりにもないがしろにされ続けているからです。

―というと?

井戸川 国も県も、県民に本当のことを話していない。文部科学省が2011年に測定した表面汚染密度をベースに、知り合いが汚染地図を作りました。福島県内のほとんどが放射線管理区域(実効線量が3ヵ月当たり1.3ミリシーベルトを超える恐れのある場所、原子炉建屋などがこれに該当する)に相当します。なのに、安全だから住み続けろと県は言う。人口が減ると税収が減るとでも思っているのかもしれませんが、そのために県民の健康を犠牲にしているのです。

―なるほど。しかし、今の報道を見ていると、井戸川さんが持論を言えば言うほど、変人扱いされてしまう感じです。

井戸川 でもね、こんなに被曝させられて黙っているほうがおかしいですよ。別に変な人と思われても構いません。私が選挙で訴えたいことは、県民が国や県から教えられているのと真逆のことです。福島は放射性物質ですっかり汚染されてしまって、真実を公表すれば、今、県が必死にアピールしているような安全な場所どころではないことがバレてしまう。社会的には混乱が起こるでしょうが、本当のことを言うしかありません。

史上最大の避難作戦とは?

―確かに今の状況は明らかにおかしいと思います。原発作業員だって、事故直後の緊急時を除けば1年で20ミリシーベルト以上は浴びない。それは5年間の被曝限度を100ミリ以内にするという法律があるから。

にもかかわらず、今、国と福島県は、一般県民が年間20ミリ浴びてもOKにしようと基準を勝手に変えようとしている。これは正気の沙汰じゃない。

井戸川 私の言うことは票には結びつかないでしょう。だから本当の狙いは、外国向けに発信することです。放射能に対してクレイジーな政策が進む日本にも、まともなことを言うヤツがいたと。このままでは、福島県のイメージは海外で本当に悪くなります。県内産のものが安全だから食べてくれって言っても、外国の人は信用しませんよ。

―つまり、悪いことも含めて情報を公開することが一番大切だというスタンスですね。鼻血の一件はどうですか?

井戸川 『美味しんぼ』に掲載されて議論を呼びましたが、あれで私を奇人変人扱いするのはどうかと。県内には鼻血バッシングに不満を持ってる人もいっぱいいて、「井戸川さん、よくぞ言ってくれた、ありがとう」って言われてます。

―井戸川さんが立候補する際に掲げた政策に、「史上最大の避難作戦」とあります。これは一体どんなものですか?

井戸川 私が知事になったら、県独自に放射線を正確に測定して、事故前の基準に基づいた管理区域を設定します。そして管理区域になった住民に説明会を開いて事実を伝え、それでも福島に住むか聞いていきます。

―住民に選択してもらう?

井戸川 「俺は被曝してもいいから福島に住みたい」と言うなら、免責を求める確認書を取り交わす。その上で、県が健康問題を面倒見る仕組みをつくります。一方、福島から避難したい人にはそうしてもらいます。それにかかる費用は、事故原因者の東京電力へ請求するのです。

ベトナムへの町ごと移転も考えた

―東電はそんなに払いきれず、結局、税金で賄うことになると思いますが?

井戸川 そうならないために、東電に経営計画をしっかり立ててもらいます。その上で支払える費用を短期的、中期的に分けて、そのなかで賄っていく必要があるでしょう。東電を潰(つぶ)さない範囲でやっていくのです。

―土壌や海水にはセシウム以外に、ストロンチウム90やヨウ素129など危険な核種もたくさん沈着しています。それらをきちんと測定して事実を公表したら、福島県の農業、漁業関係者の多くは廃業になるかもしれない。県民にとっても耳の痛いことでは?

井戸川 それは逆です。自分が受けている被害を知らされずに、のみ込まされているのが現状。そうじゃなく、「こんなとこに住めるか、なんとかしろ!」と立ち上がったほうが得じゃないですか。そういう人がひとりでもふたりでも出てきてほしい。

こんなこと言うと、きっとものすごく叩(たた)かれるでしょう。でも不思議なことに、叩かれてる人にも支援者が出てくる。だから私は批判を全然恐れていない。とにかく県民に「今の福島は危険だ」と伝えておく。いずれそれに気がついてくれればいい。今日明日、効果があるとは思っていません。

―被曝する環境から離れたほうがいいと思うのは誰も同じです。ですが、新しい環境での仕事や家のことを考えると、福島に住み続ける選択をせざるを得なかった人も多い。

井戸川 福島はもう汚染されてしまった土地ですから、今までに固執しない思い切った業種転換も必要です。遠く離れた土地に仮の町をつくってみんなで移転してもいい。3月14日に3号機が爆発したときには、ベトナムへの避難も考えました。町ごと移転するのです。

その後、埼玉への移転計画はつくりました。これは首長の責任としてやらなければいけなかった。放射性物質が出まくってる世界一の危険地帯に住めと言ったら、県民を避難誘導しなかった不作為行為で将来必ず訴えられます。今の県知事たちはそのことがわかってないんでしょう。

国が双葉町への情報を遮断した

―それにしても、なぜ物事が動かないまま、ここまできたのでしょう?

井戸川 それは原発事故当時の国や県の動きに問題があります。この図を見てください。

―現地対策本部(オフサイトセンター)を囲むようにして、国の諸機関、県、町、東電などがつながり、相互に連絡を行なうことになってますね。本来ならこうなるはずだった?

井戸川 ところが、震災直後はそれがまったく機能しなかった。辛うじて4日後に現地対策本部が福島県庁内に設置され、国、県、東電は対策本部とつながりましたが、双葉町にはなんの連絡もありませんでした。原発立地町が対策本部に含まれず、情報が全然来ない。これは絶対に許せないことです。

―当時は混乱してて仕方なかったということではなく?

井戸川 いやいや。この体制がそれからずっと続いたのです。つまり、最初から被害者外しをやっている。これはもはや行政手続法上の犯罪行為です。私が最初から対策本部に加わっていたら、こんなばかなことはさせませんでした。

―情報隠蔽(いんぺい)のために、国は事故が起きた原発から一番近い自治体を外して、意図的に情報が伝わらないようにしたと?

井戸川 それ以外考えられません。今、公開質問状を佐藤雄平知事に出して、どうしてこんなことを認めたのか聞いています。知事の指導で、町を本部に加えることはできたはずなんです。実は、原発事故が起きる前年の11月25、26日、県主催の防災訓練を双葉町などでやりました。原子力災害が起きたらどうするか。県と私でシミュレーションもしました。だからこそ、町は対策本部のメンバーに入らないといけなかったのです。

―町から対策本部に連絡を取る努力はしたのですか?

井戸川 担当課長がオフサイトセンターに何度か電話しましたが、つながりませんでした。現地対策本部へは、その存在も知らされていなかったので連絡のしようもありませんでした。

7、8号機を増設しようとした理由は?

―誰が町外しを考えた?

井戸川 霞が関の官僚たちでしょう。特に経済産業省。国民の安全よりも原発を推進し、経済を優先する。彼らの省益に町民は犠牲にされたのです。

―ところで、井戸川さんの前任の岩本忠夫双葉町長は、初めは原発反対で、途中から推進派に鞍替(くらが)えしました。その路線を引き継いだのが井戸川さん。ということは、原発は安全だと思っていたのですか?

井戸川 確かに福島第一原発の7、8号機を増設しようと思っていました。そうすれば、古い1~4号機をやめさせる理由にもなる。それに、新たに原子炉を造ることで安全を学ぶ機会ができると考えたからです。

―どういうことですか?

井戸川 初期に原発を造った人たちは、多くの失敗をしながら学んできました。しかし、ある程度技術が落ち着いてくると、今度はマニュアルを絶対視する技術者が育ってくる。そうなったときに原発事故が起きるかもしれないと思っていました。

だから新たな原子炉を造ってその現場を見させ、初期の技術者のように覚えさせようとしたのです。原発と付き合うには、技術の伝承は非常に大切。そこで7、8号機を造るとき、原発の技術学校をつくろうとなった。県と立地周辺の町村が一体となって、23年度から1000万円単位の予算もついてたのです。

―ちょうどそのときに事故が起きてしまった?

井戸川 東電から7、8号機の増設をお願いされたときには、セキュリティや安全対策はどう考えているのかなど、情報を全部出させようとしました。

―原子炉増設をきっかけに、情報の公開性と原発の安全性を高めようとしたのですね。

井戸川 2002年8月に東電のトラブル隠しが発覚しました。あのとき、当時の勝俣社長が知事に頭を下げ、「反省して生まれ変わります。なんでも報告します」と言いました。

しかし、実際にはその年から、国と東電は地震や津波の話し合いをしていたのに、町には情報は来ていなかった。東日本大震災の4日前には原子力安全・保安院に津波の想定高を報告していたのに、私には連絡すらありません。ずっとこの構図が続いているのです。

東電はことごとくウソをついていた

―肝心の原発立地町に情報が来なくては、まともな避難計画だって立てられません。

井戸川 原発問題だけじゃなく、人間はお互いに信頼し合うのが一番の基本。なのに東電はことごとくウソをついていた。もうとんでもない企業なんです。

―国や県は、なぜ原発立地町をないがしろに?

井戸川 それを知事になって調べようと思ってるのです。

―本当のことが伝えられないまま、福島は安全だといわれ続けていく。被害者の県民は一体どうすれば?

井戸川 県民ひとりひとりが隠された事実を知って、それからどうするのかを自分で選ぶのです。県や国がなんとかしてくれると考えるのではなく、あなた自身がどうするのか? それに気づいてもらうために、たとえ孤立無援になっても私はこれからも本当のことを話し続けます。

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『美味しんぼ』騒動以来、世間からは「変人」との印象を持たれている井戸川氏。だが、話す内容は終始一貫している。双葉町長を辞任したのも、手順を踏まずに町内に中間貯蔵施設を設置するのは間違いだと町議会に訴えたのが始まりだった。

井戸川氏はたとえ捨て石になっても、自らが信じる福島の真実を訴え続けるだろう。あとは、その声に県民が耳を傾け、選挙で行動に移すかだ。福島の未来を決めるチャンスに県民はどう動くのか、この知事選は福島、そして日本の未来を占う上で重要な選挙だ。

(取材・文・撮影/桐島 瞬)

●井戸川克隆(いどがわ・かつたか)1946年生まれ、福島県双葉町出身。中間貯蔵施設建設をめぐって町議会と対立し、2012年末に議会を解散するも、翌年1月に双葉町長を辞職。その後、みどりの風から参議院選に出馬し落選。10月26日に行なわれる福島県知事選に立候補を表明した