香港で発生した民主化デモ「雨傘革命」は、「天安門事件」の再来とする声もあるほど国際社会に衝撃を与えている。だが、今のところ中国当局は表立った動きを見せず長期化する様相。そこにはすっかり弱体化し、中国にのみ込まれてしまった香港の姿があったーー。

香港の主権がイギリスから中国へ返還されて、今年で17年目。だが、返還後も中国本土とは異なり、言論の自由を保障するなど「一国二制度」と呼ばれる高度な自治が許されてきた。

そもそも香港は、イギリス統治時代から自由経済が認められる一方で、政治の民主化は不十分な状態に置かれてきた。だが、返還時に定められた特別行政区基本法(憲法に相当)では、将来的な直接普通選挙の導入による行政長官(大統領に相当)の選出が謳(うた)われていた。

しかし今年8月末、北京の全人代(中国政府の国会)の決定が波紋を呼ぶ。次回の長官選(2017年)で直接普通選挙を採用する代わりに、親中国政府色の強い「指名委員会」の推薦を得た人だけが候補者になるシステムが採用されたのだ。

その結果、香港の独立性を奪うような決定に学生たちを中心として批判の声が上がり始めた。

9月22日、市内の大学生や中高生が授業ボイコットを開始。28日からは民主化の徹底と梁振英(りょう・しんえい)行政長官の辞任を訴える学生デモ隊が街に繰り出した。

対して、香港警察は催涙弾を用いた鎮圧や、17歳の学生リーダー・黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏の一時逮捕など強硬措置に出たが、これがかえってデモ側に共感を呼んでしまう。

10月1日からの連休には、学生や若手社会人ら約30万人が繁華街や金融街で座り込みを開始。その一部地域の占拠は未だに続いている。

雨傘革命の背景は、単なる民主化要求だけではなく、返還後17年間に蓄積した香港の若者の不満がある。中国統治下の香港の「惨状」を見ていこう。

愛国」(=親共産党)的であることが教育にも

短期間で爆発的な成長を遂げた中国経済に対して、返還後の香港の成長は横ばい気味だ。かつては先進国並みの豊かさを誇った香港の経済力は、今や中国の地方都市並みの水準となっている。

経済の中国依存も拡大し(昨年の輸出の55%、輸入の48%が中国)、香港への年間の旅行客延べ5400万人のうち、75%が中国人。サービス業が域内GDPの9割以上を占める香港経済は、今や中国抜きでは絶対にまわらない状態である。

その経済支配を背景に、中国共産党の香港社会への影響力も拡大している。返還当初は皆無に近かった共産党の政治スローガンが、ここ10年ほどで街の各所にあふれる事態に。また、行政長官や裁判官などの要職も「愛国」(=親共産党)的であることが就任の条件とされてしまった。

一方、中国資本による大量の株式取得や広告出稿の結果、反中国報道が売りの『蘋果日報(アップル・デイリー)』を除く多くのテレビや新聞は中国批判に及び腰。今年2月には有力紙『明報』の前編集長が暴漢に襲撃され、習近平(しゅう・きんぺい)を批判した書籍の編集者が中国国内で拘束されて刊行が中止になるなど、言論の自由は風前の灯(ともしび)だ。

2011年からは、香港の青少年に対し、共産党のイデオロギーが濃厚な「愛国主義教育」も導入された(ちなみに雨傘革命の指導層の一部は、この愛国主義教育反対運動の参加学生だ)。

今年6月、中国国務院は「香港の自治は完全な自治ではなく、中央政府が与えた地方事務の管理権にすぎない」とする白書を発表。言葉どおり、一国二制度の形骸化が進んでいる。

こうした政治・経済の中国依存は、香港政庁による過度の中国人優遇政策も生んでいる。中国人移民の大量受け入れや、郊外の新界地区における査証不要の中国人住宅街の建設計画などが代表的だ。

トラブルにも腰砕け、若者たちに未来への閉塞感

近年は、増加する中国人旅行客が子供に路上で排便させる、ごみのポイ捨てや割り込みを理由に香港人と口論になるなどのトラブルも多発しているにもかかわらず、香港政庁は「経済発展をもたらしてくれるのだから香港人は我慢するべき」と腰砕け状態。

また、中国からの資本流入や移民の増加で、香港の不動産価格は年間30%以上もの暴騰(ぼうとう)が続いている。このしわ寄せを受けているのが香港の従来の住民たちなのだ。

日本に留学中の香港人大学院生、メイ・ウォン氏(26歳)がこう語る。

「ホワイトカラーの若者ですら、マイホーム購入どころか賃貸すら困難。結婚後も両親との同居を余儀なくされるため、結婚自体を諦める動きすらあり、社会に閉塞(へいそく)感が広がっている。若者の間では、香港政庁は中国の顔色ばかり気にして香港住民のほうを向いていない、自分たちに未来はあるのか、という不安が渦巻いています」

このように、学生のデモ参加が目立つ理由は、若者世代が香港の未来への不安と中国への反感を最も感じやすい立場にあるためなのだ。

(取材/安田峰俊)

■週刊プレイボーイ43号(10月14日発売)「習近平が『香港デモ』をナメている理由」より