香港の民主化を目指した大規模な学生デモ「雨傘革命」。9月22日から学生たちの授業ボイコットが始まり、28日にはデモ隊が街に繰り出した。短期間で世界中の注目を浴びる運動となったが、そこから泥沼化し長期戦に…だが、すでに綻(ほころ)びが見え始めているという。

というのも、香港の世論は「若者の正義」と「オトナの論理」が衝突して一番市民の感情が揺れており、必ずしも一枚岩ではない。占拠拠点のひとつである下町の旺角(モンコック)地区に住む30代の日本人女性はこう話す。

「個人的に雨傘革命の主張に共感する住民の中にすら、街の占拠への不満はかなり大きい。特に旺角地区は小規模な個人商店が多く、街の封鎖と中国人観光客の減少はまさに死活問題。『早く終わってくれ』といった声が多く聞かれます」

雨傘革命は香港の観光業の書き入れどきである国慶(こっけい)節(中国建国記念日)の大型連休を直撃したため、最低でも3500億香港ドル(約4億9000万円)の経済損失が出たとの試算もある。観光客向けの高級品市場はもちろん、庶民の生活も圧迫しているのだ。

結果、デモの鎮静化を図る中国政府と香港政庁は、こうした社会の不協和音を利用したプロパガンダ作戦を展開している。

学生と民意を離反させよとの指示を受けたのか、中国国内メディアはもちろん、香港メディアすらも雨傘革命の経済ダメージや住民の反発、デモの違法性などを大々的に報道中だ。

生活上の支障と一種の諦めから、理想と距離を置く市民は増えつつある。一方、組織化されていない学生運動は、こうしたからめ手の攻撃には脆弱(ぜいじゃく)だ。

共産党の譲歩はありえず…悲壮な覚悟

中国の影響力が強すぎるため、いくら大規模なデモが起きても情勢は容易に変わりそうにない。事実、デモ現場では「譲歩の可能性はないはず」「希望はなくとも未来のために声を上げなければ」と、悲壮感が漂う言葉を語る学生も多いという。

「雨傘革命の抗議対象である梁振英(りょうしんえい)行政長官は、北京の『雇われ社長』的な立場で、学生の要求に対する決定権はほぼない。一方、決定権を持つ中国政府が折れることもあり得ない。香港で譲歩すれば、国内の民主化運動や少数民族運動への譲歩の要求も強まるため、中国がこれを受け入れるとは考え難いのです。雨傘革命が、学生が望む『落としどころ』を迎えるのは難しいのではないでしょうか」(現地を取材したジャーナリストの福島香織氏)

香港の未来を賭け、30万人もの若者が立ち上がった雨傘革命。だが、彼らの主張はまっとうであるものの、香港をすでにのみ込んでしまった中国という「敵」は、あまりにも大きい。

中国政府と香港政庁は今後、交渉を引き延ばしつつ、市民やメディアの批判意見を煽(あお)り立て、学生たちの内部分裂や運動の空中分解を狙っていくと見られる。

「香港とマカオの同胞が祖国という大きな枠組みの中で必ず、より一層美しい未来を創造すると信じている」

デモが最高潮だった先月30日、習近平(しゅうきんぺい)は中国建国を祝う晩餐(ばんさん)会の席上で、香港の中国への従属を強調するそんな談話を発表した。

雨傘革命の結末はまだわからない。だが、習近平が考える「美しい未来」と香港の学生が求める未来との巨大な溝が、今後も広がり続けていくことだけは間違いないはずだ。

(取材/安田峰俊)

■週刊プレイボーイ43号(10月14日発売)「習近平が『香港デモ』をナメている理由」より