勾留中には早期釈放を求めて2万人以上の市民の署名が集まった、岐阜県美濃加茂(みのかも)市・藤井浩人(ひろと)市長の「収賄裁判」。10月2日に行なわれた公判で、弁護側から“隠し玉”が飛び出した。

「市長に金を渡した」という業者側の証言の信憑性を大きく揺るがす、予想外の新証拠とは? ジャーナリストの江川紹子氏が、真実に迫る!

【事件の概要】岐阜県美濃加茂市の藤井浩人市長が、同市会議員時代に災害用浄水プラントの導入をめぐり計30万円の賄賂を受け取ったとして、今年6月24日に逮捕された。

藤井市長は一貫して疑惑を否定しており、現金授受の現場とされる2回の会食に同席していた人物も「金の受け渡しは見ていない」と明言しているが、名古屋地検は「賄賂を渡した」という浄水設備販売会社・中林正善社長の証言を頼りに市長を起訴。

藤井市長の弁護団は、中林社長が計4億円もの融資詐欺を働いているのに、そのうちわずか2100万円分しか起訴されていないことから、「詐欺の立件を最小限にする代わりに、本当は存在しない贈賄供述が引き出されたのではないか」と、検察と中林社長との“ヤミ司法取引”を疑っており、9月に始まった裁判でも全面対決となっている。

■また詐欺のようなことをやろうと……

昨年6月の当選時、「全国最年少市長」として話題になった藤井浩人・岐阜県美濃加茂市長(30歳)が、受託収賄罪で起訴された事件の裁判が、名古屋地裁で始まった。

逮捕時から一貫して否認している藤井市長は、裁判でも無罪を主張。一方、証人として出廷した“贈賄業者”の浄水設備販売会社「水源(すいげん)」(愛知県名古屋市)・中林正善(なかばやし・まさよし)社長は、10月1日に行なわれた検察側主尋問で、起訴事実に沿った証言をした。それに対し弁護側は、翌2日の反対尋問で、中林社長の金にまつわるいかがわしい過去を暴き出し、“隠し玉”の証拠を突きつけて、証言の信頼性を大きく揺さぶった。

収監中に出会ったAさん宛の手紙が発覚

中林社長は主尋問で、

(1)2013年3月7日、当時は美濃加茂市会議員だった藤井氏に初めて会い、災害用浄水プラントについて説明し、「(プラントを市が導入するように)力を貸してほしい」と依頼した。

(2)同年4月2日、ファミリーレストランで、同席した男性T氏がドリンクバーに飲み物を取りに行った間に、現金10万円入りの封筒を資料に挟み込んで渡した。

(3)同月25日、飲食店で同席したT氏が席を立った隙に、現金20万円入りの封筒を渡した。

などと証言し、こうした“事実”は、銀行への融資詐欺で逮捕(詳細は後述)された後、自発的に刑事に打ち明けたと主張。涙で声を詰まらせながら、「刑事さんに『“嘘つき父ちゃん”では娘さんに顔を合わせられないだろう』と言われ、本当に反省し、善人になって社会復帰するためには全部話さなきゃいけないと決心した」と語った。

その“悔悟の涙”に、法廷は静まり返った。

翌日の弁護側反対尋問の冒頭でも、中林社長は「実家が経営している訪問介護の仕事を手伝い、だまし取った金は返済したい」と更生を誓った。

ところが……。

弁護側は、7月から9月にかけて、中林社長が名古屋拘置所に収監中の男性Aさんに送った手紙を突きつけた。Aさんは、覚せい剤取締法違反で逮捕され、警察の留置場で中林社長の隣の房にいて親しくなった。Aさんが拘置所に移った後、ふたりは文通していた。

その手紙の中で、中林社長は新たな“事業”の計画を打ち明け、身柄拘束中の自分に代わって、Aさんの知人に手伝いを頼みたいと持ちかけていた。(以下、ヤマカッコ内は手紙からの引用)

〈韓国のプロモーターから人材を日本へ紹介してもらい、その人材を店舗に紹介して、毎月の給料から上がりをハネる仕事です〉

Aさんは、「まだ(融資詐欺の)罪も償(つぐな)っていないのに……」とあきれ、依頼を断った。そして、「また詐欺のようなことをやろうとしている」と義憤に駆られ、藤井市長に手紙で中林社長の言動を詳しく伝えた。それを知った弁護団がAさんに会い、中林社長の手紙を入手したのは、尋問の前日。“隠し玉”として、その内容を急遽(きゅうきょ)、法廷でぶつけることになったのだ。

明らかになる倫理観の欠如

■検事と連日のように証人尋問の打ち合わせ

Aさんが「詐欺のようなこと」などと懸念するように、中林社長に実体のある事業を起こす資金があるとは考えにくい。裁判でも、中林社長の借金まみれの状況や、不正な手段を弄(ろう)することに抵抗を感じない倫理観の欠如が明らかになった。

「水源」を立ち上げる以前、中林社長は事務長として勤務していた病院の金を7年間にわたって使い込んでいた。それも、途中で横領の事実が発覚し、謝罪して許してもらったのに、その後新たに1億5000万円もの金を着服していた。使途は、主として暴力団からの借金返済。あとは、自身がキャバクラやクラブで豪遊する遊興費だった。横領した金は、毎月5万円ずつ返済することで和解した。

「水源」の設立の際は、知人から資金を借りた。ただし、5000万円とされる資本金は、一時的に口座に入金しただけの「見せ金」。事業はうまくいかず、借金返済のために、銀行相手の融資詐欺を繰り返した。

その手口は巧妙だった。自治体の公印をでっち上げ、浄水プラントをレンタルする契約締結の書面を偽造。会社の決算を粉飾して銀行を信用させ、プラントのための初期費用が必要だとして、融資を引き出した。被害総額は、15件で4億円近くになる。ところが、検察はなぜかたった2件、2100万円分しか起訴しなかった。

美濃加茂市も、融資詐欺に利用された。いまだなんの契約も結んでいないのに、市内の小中学校に浄水プラントを設置する契約をしたように装って、4000万円もの融資が引き出されたのだ。藤井市長の弁護団は、美濃加茂市に関係するこの事件を詐欺罪などで検察庁に告発した。

中林社長がAさんに宛てた手紙には、この告発についても書かれている。

〈かなりむかつきます〉

〈検事もかなり怒ってました。「絶対に、藤井には負けないから! 中林さん、最後まで一緒に戦って下さいね!」と言われました〉

現金授受の場面はディテールがない

この頃、中林社長は、尋問担当の関口真美検事と連日、打ち合わせを重ねていた。

〈毎日、検事との打ち合わせが入っていて、検事が毎日午前中からここ(=拘置所)に来る予定になっています。証人尋問が終わるまでは、必死でやっていかなければならないから…大変です。失敗は許されないので!〉

検察も必死らしい。弁護側の反対尋問の間、関口検事は何度も立ち上がって、裁判所に無断で口を挟み、尋問を中断させた。業(ごう)を煮やした鵜飼祐充(うかい・ひろみつ)裁判長が、「異議がある場合は、まず裁判所に言ってください」と注意したほどだ。午前中の反対尋問が終わるや、関口検事が中林社長に近寄って小声で話しかけ、笑顔で肩をぽんぽんと叩いて激励する場面もあった。

■現金授受の場面はディテールがない

手紙からは、中林社長の検察に対する強い信頼もうかがえる。

〈私の公判では、検察側は、一切難しい事や批判めいた事は言わないそうです。すんなり終わらせるそうです。藤井市長の公判での尋問は、相当な事を言われる様ですが、私の判決には影響ないとのことです。検事からは、「絶対に負けないから、一緒に頑張ろう!」と言われてます〉

〈藤井弁護団が私の事を悪く言えば言う程、検察は私を守りに入ります。もちろん、これが公判では私に有利に働くでしょうし、検察側からの情状も出て来ることになります。ですから、私の弁護士には、マスコミへの反論は極力控えてもらってます。これが実情です。作戦でもあります。Aさんだけには、本当の事を伝えておきます〉

中林社長は反対尋問で、手紙を書いたことは認めつつ、こう弁明した。

「Aさんとは大した関係ではないんで、嘘を書いていることもたくさんある」

こんな状況では、裁判所も中林証言の信用性について、慎重な判断を迫られる。実際、尋問の最後には、鵜飼裁判長自ら中林社長の調書や証言の疑問点を細かく問いただした。特に、2度にわたる“現金授受の場面”で、藤井市長の様子や中林社長自身の心境などのディテールが語られないことに、裁判長は疑問を抱いたようだ。だが、裁判長の丁寧な問いに対しても、具体的な説明はなかった。

中村社長の詐欺師としての本性

***

裁判の翌日、私は名古屋拘置所にAさんを訪れた。

Aさんによれば、中林社長とは年が近かったこともあって、留置場の中でよく話をするようになった。中林社長から自己破産の手続きについて聞かれたり、弁護人についてアドバイスをしたこともあったという。

Aさんが拘置所に移ってからは、(裁判に直接かかわってくるため)留置場で藤井市長に関する新聞記事が読めない中林氏のために、手紙で報道内容を教えた。藤井市長の保釈が決まったときには、拘置所からわざわざ電報を打って知らせている。

しかし、手紙の内容から、中林社長の態度に疑問を抱いたAさんは、「私も悪いことをした人間だから、法廷での証言はできないだろうが、せめて手紙で事実は伝えようと思った」と言う。

藤井市長の主任弁護人の郷原信郎(ごうはら・のぶお)弁護士は、中林社長への反対尋問で「彼の詐欺師としての本性が露(あらわ)になった」と述べ、次のように語った。

「(中林社長は)贈賄で起訴されれば、詐欺の立件が終わることを期待していたことも認めた。証言の前の検察官との打ち合わせの多さも異常だ。中林証言は、彼の生の体験ではなく、検察官との合作。(贈賄を認めれば詐欺の立件を手控えるという)ヤミ取引がないかを含め、検察との間でどのようなやりとりがあったのかを明らかにする必要がある。そのため、検事の取り調べメモなども明らかにするよう求めていく」

●取材・文/江川紹子(えがわ・しょうこ)早稲田大学政治経済学部卒業。神奈川新聞社会部記者を経てフリージャーナリストに。新宗教、司法・冤罪の問題などに取り組む。最新刊は聞き手・構成を務めた『私は負けない 「郵便不正事件」はこうして作られた』(村木厚子著・中央公論新社)