「いわゆる“ネトウヨ”と呼ばれる人は『嫌中本』やネット上の情報だけでなく、『敵』の正体を真摯に調べるべきです」と指摘する安田峰俊氏

マスメディアは今、“嫌中”ブームの真っただ中。おのずと、われわれが触れる情報も反中視点に偏りがちで、中国に対して「得体の知れない大国」といったイメージを抱いている人も多いだろう。

しかし、そんな今だからこそ、中国の近代史をひもとき、行動原理の一端を理解することは有意義なはずだ。『知中論 理不尽な国の7つの論理』は、彼らの内在論理をわかりやすく解説し、日中関係について深く考えさせてくれる一冊だ。著者の安田峰俊(やすだ・みねとし)氏に聞いた。

―本書の冒頭でも語られていることですが、歴史を振り返り、中国人の国民性を知るだけで、ニュースの見え方はがらりと変わってきますね。

安田 中国に限らず、近代の歴史というのはダイレクトに現代へとつながっています。例えば、一般の会社員が不祥事を起こした場合、メディアは「○○社の誰々」と報じますよね。でも、その人のパーソナリティからすると、「○○社」というのはごく一部分にすぎず、背景には事件に至る別の事情がたくさんあるのかもしれません。しかし、その部分が詳しく語られることはほとんどないわけです。昨今の中国に関する報道は、これに近いものを感じます。現代の中国が過去にどういう経緯を持っているのかを知っておくことで、報じられる出来事の意味合いは変わってくると思います。

―その点、中国に関する諸問題を、これほどわかりやすく解説してくれる本は今までほとんど見かけませんでした。

安田 これは日本社会の性質ともいえるのですが、日本ではアカデミックな層の水準が非常に高く、とりわけ中国研究の分野は、中国人の専門家が驚くほど高レベルなんです。ところが、それを受容できるサブエリート層が育っていないため、高度な研究の内容が一般社会に降りてきていない。中国の近代史を的確に踏まえた報道が少ないのも、そのためでしょう。実は今回の本の内容も、識者にとっては当たり前のことを簡単に言い換えた部分が結構多いんです。

一日に4度も警察に拘束されたことも

―支持率が発表されない中国において、習近平国家主席に対する国民の風評に触れられているあたり、ルポライターならではのアプローチですね。

安田 そうですね。最近はなんだかんだで毎月のように現地を訪れる機会があるので、肌感覚で得られる情報は少なくありません。現地に長く住んでいる日本人駐在員の方などと話す機会も多いのですが、皆さん大抵、日本での報道には首をかしげます。例えば、日本のニュースを見ていると、中国は非常に不衛生な国だと思われがちですが、実際にはお金さえ出せば食事には困りませんし、少なくとも都市部に関してはほかの先進国と遜色(そんしょく)ない生活も可能なんですよ。

―本書では、反日デモの裏側で庶民の感情は意外に冷めているという話もあります。こうした情報が、なぜあまり日本では伝えられないのでしょうか?

安田 報道の切り口の問題もあります。デモがあると、「何万人が参加」とか「暴動発生」とか、派手な部分が強調されがちで、それを見た私たちはあの光景が中国のすべてだと考えがちです。これは新大久保のヘイトスピーチなども同様かもしれません。ニュースを見た海外の人には、あたかも日本中で排外主義の嵐が吹き荒れているように見えているのではないでしょうか。

―なるほど。かなり現地に踏み込んで取材されているとうかがえますが、トラブルなどは?

安田 例えば、少数民族への虐殺行為があった新疆(しんきょう)ウイグル自治区のカシュガルに、今年の春に行ったんですが、一日に4度も警察に拘束されました(笑)。ジャーナリストだと明かすと面倒なので、「旅行中の中国語教師です」と強弁して乗り切りましたが、最近のあの地域は外国人が歩いているだけで当局のスパイ(協助警察)に密告され、不審者扱いされます。

―一日に4度もですか……!

安田 でも、中国というのはメチャクチャなようでいて、彼らなりの論理が存在します。例えば、外国人の身分なら、よほどまずい秘密に触れないかぎり、問答無用で拷問や処刑はされません。危険の見極めが大事です。

―ここ数年、中国はさまざまな面で激動の時代を迎えていますが、現地では変化を感じますか?

安田 私が初めて中国を訪れた2000年当時と比べると、経済レベルはもちろん、生活水準や都市機能の発展は目覚ましいですね。例えばトイレにしても、10年前までは溝を掘って垂れ流したり、扉もないのが当たり前だったのが、現在はよほどの田舎でなければ水洗トイレがあります。こういう部分は、今でもだいぶ誤解されているように思いますね。

質の低い中国論を信じすぎないこと

―安田さんが今、日本という国に対して中国との付き合い方をアドバイスするとしたら、なんと言いますか?

安田 まず、質の低い中国論を信じすぎないことです。また、その場のプライドより長期的な視野を持って中国と接するべき。例えば民主党政権時代に、尖閣に上陸した船長の拘束を続けた一件は、国内向けのアピールを重視したことで従来の日中間の慣習をわざわざ破る行動でした。実際、これが「挑発」になり日中関係はより緊張しましたからね。もちろん中国船の尖閣接近も「挑発」ですが、それにすぐ乗る必要はないわけです。

―では最後に、週プレ読者に対して、今後の中国関連ニュースの見方についてアドバイスをいただけないでしょうか。

安田 週プレの読者層とどれだけ一致しているのかはわかりませんが、いわゆる“ネトウヨ”と呼ばれる人に言いたいのは、中国が嫌いで仕方ないなら、関心を持たないほうが精神衛生面でいいということです。それでも、「愛国心から『敵』を知る義務がある」と使命感に燃えるなら、「嫌中本」やネット上のお手軽な情報だけでなく、専門的な研究書を読んだり現地に行ったりして「敵」の正体を真摯(しんし)に調べてください。世の中に蔓延(まんえん)している嫌中論の多くは、相手のことをちゃんと理解しておらず、わからないからこそ勝手にキレている節もありますからね(笑)。

(構成/友清 哲 撮影/村上宗一郎)

●安田峰俊(やすだ・みねとし)1982年生まれ、滋賀県出身。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。当時の専攻は中国近現代史。一般企業勤務を経て開設した 中国関連ブログが話題を集め、ルポライターとして独立。主な著書に『中国人の本音』『独裁者の教養』『中国・電脳大国の嘘』『和僑』などがある。また、現 在は多摩大学経営情報学部で「現代中国入門」と中国語の講師を務めるなど、幅広く活躍中

■『知中論 理不尽な国の7つの論理』 星海社新書 840円+税尖閣問題、反日デモなど、日本人の目から見た中国は、理不尽で横暴な国に見える。しかし、中国には中国なりの事情があるのではないか―? そんな視点から日中間に横たわる諸問題の背景を解きほぐすことで、ニュースの見え方が変わってくる