詩人・谷川俊太郎(左)の創作の秘密に杉本信昭監督が迫る!

詩人・谷川俊太郎。日頃、詩には縁遠いという人でも、アニメ『鉄腕アトム』の歌詞で、教科書で、あるいはCMのナレーションで、その作品に一度ならず触れたことがあるはず。あるいは名前だけは知っている、顔は見たことあるけど…という人も多いだろう。

映画『谷川さん、詩をひとつ作ってください。』は、谷川氏が東日本大震災について書いた詩『言葉』をきっかけに、日本各地で暮らす「自分の言葉を持つ人」の姿を追い、彼らの言葉から谷川氏の新たな詩が生まれるまでを描いたドキュメンタリーだ。

谷川氏は自問する。「同じ国の同じ時代に生きる、それぞれの暮らし、それぞれの言葉に、詩は向き合えるか――」。「詩」とは何か?「自分の言葉」とは? そこで今回、メガホンを取った杉本信昭監督に谷川氏と語ってもらった。

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―「詩ができる瞬間をとらえたい」ということで、カメラは最初、谷川さんがパソコンに向かって詩を書く姿などを追いますね。

杉本 僕はもともとそんなに詩に詳しいわけでもなかったので、谷川さんの詩がどんなふうに出てくるのか、詩人が詩を生み出すとはどんなことなんだろうと興味を持って。でも、「詩ができる瞬間を撮りたい」というのは、谷川さんに即、否定されたんですけど。

谷川 そうだよね、無理だよね(笑)。表面的には撮れるけど、詩ができるのは体の中の出来事で、植物が地下水を吸いあげるみたいに、下から上ってくるような感覚ですから。

―10代の頃から60年以上も詩を書き続けてこられた谷川さんが、「詩をどうも信用できない、だましてるみたいな感覚がある」とおっしゃっていて、ビックリしました。

谷川 言葉ってのは、現実の1万分の1くらいしか言えてないものだから。もっと少ないかもしれないけど(笑)。初めから、まず「詩なんてしょうもないものだ」ってところから始まってますから。

―ずっと、そういう思いで?

谷川 うん、生活費稼がなきゃいけないからね(笑)。

「自分の言葉を話す人」とは?

―谷川さんから、そんな俗っぽい生の言葉が……(苦笑)。

杉本 しりあがり寿さんが映画について「どこまでが言葉でどこからが詩になるのか、谷川さんが境界線をひいてくれるんじゃないか」と書いてくれましたけど、そういう感覚なんですか?

谷川 うん、やっぱ書いてるときはこれで詩になってるかは常に考えてますよね。でも、今、詩の評価の基準がないんですよ。ほとんどどんな言葉も詩になるから、すごい気楽。子供が書いたものでも新鮮で詩的に見えることもあるじゃないですか? だから、詩を書かなきゃみたいな意識はほとんどなくて、自分が面白けりゃいいみたいな感じですね。

■自分の言葉を話す人に取材に行く

―カメラは詩作の現場を離れ、「自分の言葉を話す人」を探して各地に取材に行きます。福島の女子高生、釜ヶ崎の労働者、イタコ、諫早湾の漁師、有機農家――この5人を取材することになったのは?

杉本 詩の映画というと、すすき野原とか月の映像をバックに詩が縦書きで出てきて……という、よくあるじゃないですか? でも、それじゃこの映画を作る意味がない。でも、僕的に考えた「詩的な人」だったら探せるかなと思ったんです。

―詩的な人?

杉本 普通に考えれば、ミュージシャンとか絵描きとか表現する人が詩的と言われるかもしれないけど、僕は全然そうは思えなくて、もっと日常生活に詩的なものを持ってる人がいるんじゃないかと。

―確かに彼らが語る言葉は、すごく入ってきました。その辛さとか含めて。

谷川 すごいイイ人選になったと思いましたよね、結果的に。「あ~、詩の言葉はとうてい叶わないんじゃないか」と思った。みんなの実生活に即したいろんな言葉を聞くとね。やっぱり、詩ってのはもうちょっと浮き上がったもんだから。

詩は自分で気づいてない自分に気づかせられる

―谷川さんがその言葉を受けて自作の詩を選び、朗読するわけですが、まるで彼らのために書き下ろしたのかようでした。

杉本 僕はいろんな詩を読んでるわけじゃないけど、谷川さんの詩は自分で気づいてない自分に気づかせられるときがあったの。有名な詩じゃなくても、自分のために書いてくれたような気がするくらい「そうなんだよな~」って、妙な結びつきを感じたりして。それが詩っていうものなのかなと。だから、勝てないとか谷川さんは言うけど、存在する場所が違うんじゃないかって。

谷川 あの、釜ヶ崎のおっさんのさ、自作の短歌がすごい良かったですよね。あれはやっぱ、彼らの本当の言葉だからね。

杉本 あの人、だって約40年あれ一本ですから。日々が奥さん一本。今、70歳で30歳くらいのときに奥さんが亡くなってるから。日々それ一本で生きてるような人で。

谷川 そうか、そうか。仕事に紛れてないんだよね、きっと。もう、あんまり仕事してないから(笑)。

―谷川さんが彼に贈った詩は「忘れること」がテーマでしたけど、実際はあまり忘れてないんですよね。

杉本 だから、忘れないってことが重要だったんじゃないかな、40年。それだけで誰にもマネできない人生って気がしましたけどね。本人は楽しいかどうかは別として、どっかの社長さんに負けないくらい輝いてる。……っていうふうな映画なんです、結局。特にストーリーがあるわけでもなく、紹介しづらいかなって気を使っちゃうんですけど(苦笑)。

■言葉が一貫してるほうが不正直

―彼らを「自分の言葉を持つ人」としたとき、一方で「自分の言葉を持たない人」について考えさせられます。

杉本 漁師さんにしろ農家の方にしろ、「自分の言葉を持ってますよね?」と聞いても「え? そうなの?」って言うと思うんですよ。彼らは、ただふりかぶってくる社会や行政のやり方にある考えを持たざるをえなかった。イタコさんにしても、強い思いがないと乗り切れないこともあったろうと。そのときに逃げなかった人。つまり、自分の思いに真摯(しんし)さを持っている人を、「自分の言葉に持つ人」に置き換えていたと思います。

そういう人はたくさんいると思うんですけど、一方で、特に経済的なことで「今の世の中、仕方ない」って妥協してる人もたくさんいるんじゃないかと。

詩は最初からいい加減な言葉です

―自分は言葉を持っているかというと……日々ごまかしている気もしたり。

谷川 でも、自分の言葉を持たない人はいない。誰でもみんな持ってるけど。そこで、もちろん自分の言葉には責任持たなきゃいけないんじゃない?

杉本 責任、持ってますよね。出てる人はね。僕、持ってないときありますから(笑)。朝令暮改(ちょうれいぼかい)、「朝言ったことと夕方になると変わってる」って言われて、あ~ダメだなと思いますけどね。

谷川 言葉が一貫してるほうが不正直なんですよ。大体、いい加減ですよね、一貫してる人は。言葉ってすごい動いてるものなんだから。もう波動だから。自分が一貫してるなんてのも幻想だからね。

杉本 でも「好き」って言うじゃないですか? 最初は好きなんだけど、好きじゃなくなりそうなときも、好きでい続けるために「好き」って言葉を使ったりするから、いい加減ちゃ、いい加減ですよね?

谷川 だけど、ある程度関係を修復しようと思って「好き」って言っていれば、それは好きってことがベースにあるんだからいいんですよ。

―完全には嘘じゃないから?

谷川 いや、どんな言葉にも、“嘘”と“本当”が混じってるんです。完全な本当の言葉ってのはよっぽどの情熱とかさ、抽象的な観念じゃないとないんじゃないの?

でも、その現実の言葉と詩の言葉は違いますからね。詩は最初からいい加減な言葉ですから。真偽について作者が責任を持たなくてもいい。美しい言葉か、ダメな言葉か、美醜にだけ責任を持てばいい。

詩の場合は、今日はあなたが好き、明日は大嫌いって言っても成り立ってるわけだから。そういう意味で、詩の言葉で作者を判断するのは間違ってる。「あなた、こういうこと言ったじゃないですか?」って言われても、それは責任持たないよと。

女性を口説くのに詩は効き目がある

■女性を口説くのに詩は効き目がある

―普段、詩を読まない週プレ読者に向けて、詩の魅力など教えていただければと。

谷川 何もないです。誰にでも基本的に読んでほしいから書いてるんですけどね。でも、こっちから押し売りできないからね。気に入ったら読んでねと。

―詩に出会うきっかけというと……。

谷川 それはひとりひとり違うよね。本屋で立ち読みして、ちょっといいなと思ったらその詩集買うみたいなもんでしょう? でも今、みんな教科書でしか読まない(苦笑)。Jポップとかで歌詞が氾濫(はんらん)してるじゃない。あれはもう詩の一部分だからね。活字で行分けがあるなんてのはかったるくて、音が耳に入ってくるほうがずっといいんじゃないの、若い人は?

―先ほど週プレをめくっていただいてましたが、永遠の一大テーマである「モテ」について何か現代の草食男子にメッセージとかありますか?

谷川 草食男子は知らないから(笑)。知ってれば言えるけど。知ってる?

杉本 いるいる。だけど、草食男子がモテないわけじゃないしね。

―では、詩は女性とのおつきあいに役立ちますか?

谷川 それは、大昔から東西を問わず役立ってるんじゃない? だから、詩で口説くのは効き目ありますよ。そのために、詩集読んで好きなところを抜き書きしとくといいなと思うけどね。日本では『源氏物語』とか、昔から短歌で口説いてたわけじゃない。そういう伝統があるんだから、詩を使ってラブレターを書いたり、ちょっとささやいたりしたら女の人には効くんじゃないの? だって、詩のファンって圧倒的に女の人なんだもん。

―確かに(笑)。では、オススメの詩などは?

谷川 いや、それは自分で決めるんだってば(苦笑)。俺の詩で良ければね、たくさん読んでくれて、ちょっと勝手に使ってくれていいわけですよ。

―改めて熟読させていただきます! ありがとうございました!

●谷川俊太郎(たにかわ・しゅんたろう)1931年、東京生まれ。1952年に第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。読売文学賞を受賞した『日々の地図』をはじめ、著書多数。詩作のほか、絵本、エッセイ、翻訳、脚本、作詞など幅広く作品を発表。 近年では、詩を釣るiPhoneアプリ『谷川』や、郵便で詩を送る『ポエメール』など、詩の可能性を広げる新たな試みにも挑戦している

●杉本信昭(すぎもと・のぶあき)新潟県出身。77年法政大学中退、フリーランスの劇映画助監督を経て、PR映画、展示映像監督として活動。監督作品に『蜃気楼劇場』(93)、『自転車で行こう』(03)

■『谷川さん、詩をひとつ作ってください。』2014年11月15日より、渋谷ユーロスペースを始め、全国ロードショー!【http://tanikawa-movie.com/

(取材・文/田山奈津子 撮影/首藤幹夫)