現在は東京・武蔵村山市にあるBSL-4の施設が稼動していないため、エボラウイルスの取り扱いが非常に難しい(西條氏提供)

西アフリカでエボラ出血熱のアウトブレイクが続いている。WHO(世界保健機関)の10月31日の発表では、疑い例も含む感染者数が8ヵ国で1万3567人、死者数は4851人。アメリカやスペインでも、アフリカ滞在中にエボラウイルスに感染したとみられる人が帰国後に発症するなど、人類対エボラの“戦場”は全世界規模に広まりつつある。  10月27日には、西アフリカに滞在歴のあるジャーナリストが日本に入国した際、発熱症状が見られたため、「エボラの疑いあり」として東京・新宿区の国立国際医療研究センターに“隔離”された。

検査の結果は幸い陰性で、すでに退院したが、国土交通省と厚生労働省はその後、「感染が疑われる人物がいた場合、血液の検体などを国立感染症研究所(感染研)に送った段階で、乗っていた航空機の便名や乗客数を公表する」という方針を発表。感染症対策の現場ではいよいよ緊張感が高まっている。

こうしたケースでエボラかどうかの検査を担当するのは、感染研のウイルス第一部。そのトップである西條政幸(さいじょう・まさゆき)部長に、日本のエボラ対策の「現実」と「問題点」を聞いた。

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―「感染疑い」が発見されたということは、日本の空港などの“水際対策”は万全だと考えていいんでしょうか?

西條 いえ、今回は運がよかった。本人が渡航先を自分で申告し、たまたま熱があったから検査を受けたわけです。仮に未自覚の感染者が入国するとして、もし渡航先を申告しても、(まだ潜伏期間で)熱が出ていなければスルー。そして翌日に発症、というケースも想定できます。検疫で全部を押さえようというのは無理な話で、「リスクを少しでも減らせればいい」くらいに考えておくべきです。

―検査は感染研の村山庁舎(東京・武蔵村山市)で行なわれましたが、村山庁舎にある、「BSL(バイオセーフティレベル)-4」の基準を満たしている施設は現在、正式に稼働していません(BSL-3の施設として運用中)。

エボラのような「リスクグループ4」(症状が重篤で治療方法がない)のウイルスはBSL-4でしか取り扱えないとされていますが、今の日本でも陽性か陰性かの検査は問題なくできるんでしょうか?

西條 今回は西アフリカという流行地がわかっており、そこで特定されている型のエボラウイルスかどうかを調べればよかったので、遺伝子検査で判定が可能でした。仮に感染源が不明だったり、知られていない型のウイルスだと、また話は違ってきますが。

危険な感染症はまだまだある!

―エボラのほかに、グループ4の感染症にはどんなものが?

西條 ウイルスも症状もエボラとよく似た感染症に、マールブルグ出血熱があります。最近では2008年、ウガンダを旅行したオランダ人女性が母国に帰った後、発症して死亡しました。

ラッサ熱もアフリカでは毎年流行します。自然宿主であるネズミの排泄物や唾液からウイルスを吸入するか、患者との直接接触で感染するもので、1987年には日本でも輸入感染が確認されました。

アフリカに加え東欧、中近東、中央アジア、南アジアで毎年のように流行するのがクリミア・コンゴ出血熱。自然宿主のマダニに噛(か)まれたり、発症した動物や患者との直接接触で感染します。アフガニスタンで戦った兵士がイギリスやドイツに帰国後、発症した例もあります。

また、グループ4には指定されていませんが、2011年に発見されたSFTS(重症熱性血小板減少症候群)も死亡率が約30%と高い感染症です。クリミア・コンゴ出血熱と同じく宿主のマダニに噛まれることで感染する病気で、中国や韓国、そして日本でも流行しており、12年から今年10月までに30人が死亡しています。

同じく中東で流行しているMERS(マーズ=中東呼吸器症候群)、10年ほど前に大流行したSARS(サーズ=重症急性呼吸器症候群)なども、グループ4ではないが危険な感染症です。

約10年前、東アジアを中心に猛威を振るったSARSコロナウイルス(西條氏提供)

日本でも100人以上の感染、30人の死亡が確認されているSFTSウイルス(西條氏提供)

―これらの感染症を、人類が根絶できる可能性は?

西條 これらのウイルスは、いずれも野生動物を自然宿主としています。その動物が存在し続ける以上、ウイルスも存在し続ける。病気自体をなくすという発想はナンセンスです。パンデミック(世界規模の爆発的感染)はないと思いますが、流行はたびたび起こるでしょうし、今後もさまざまな新型感染症が発見されていくでしょう。

エボラも含め、日本で流行していなかった感染症が上陸してくる可能性は、これまでも、現在も、そしてこれからも変わらない。それを前提として、被害をどれだけ食い止めることができるかという観点で対応しなければなりません。

(取材・文/世良光弘 協力/松長 孝)

●後編は明日配信予定!

●週刊プレイボーイ47号「日本のエボラ対策は何が足りないのか?」より