トライアウトへのぞむ選手たち

11月9日、静岡市の草薙(くさなぎ)球場で2014年のプロ野球12球団合同トライアウトが開催された。

■A・ラミレスの粋な配慮

バックネット裏には昨年に続き、今年も中日・落合GMが視察に訪れた。そのお眼鏡にかなったのは、オリックスの八木智哉(31歳)。

「ボールを低めに集める自分の持ち味を出せた。変に緊張するかと思ったけど、実際の試合と同じ感覚で投げられた」

そう語った06年のパ新人王左腕は早くも中日入りが決定した。

この日、スタンドに視察に来ていたもうひとりのGM、DeNAの高田繁に昨年の契約更改で「50%の減俸か自由契約」の二択を迫られ、屈辱の半額サインをしたDeNAの小林太志(31歳)。今季は8月20日の広島戦でKOされて以来、二軍登板すらなかったが、この日は好投を見せた。

「投げる機会がないなかでも後ろ向きなことは考えず『今できることだけを』と考えてやってこれた。藤井さんや菊地(和正)さんら同じ状況の仲間に励まされて助けられたところもあります。体はまだ全然元気ですし、まだ投げたいですね。正直、やり残したことばかりです。地元が群馬なので…ラミちゃんが来ていましたよね?」

「ラミちゃん」とは、今季から群馬ダイヤモンドペガサスのシニアディレクターに就任した元DeNAのA・ラミレス。目についた選手を聞かれると、

「オリックスの東野。巨人時代に一緒にやっていたときと同じような素晴らしい投球を見せてくれた。ほかにもDeNAの陳冠宇(チェングアンユウ)小林太志、冨田康祐、日本ハムの佐藤祥万らはよかったね」と、全員元チームメイトの名前を挙げた。これもラミレスなりの援護射撃なのだろう。

そのオリックスの東野峻(28歳)は四球を出しながらも最速145キロで圧巻の投球。かつて巨人の開幕投手を務めたこともある本格派右腕が戦力外通告を受けたとき、最初に連絡したのが巨人の内海哲也だったという。

「ええ。でも……電話に出てくれず、話したのは結局10番目くらいでした(笑)。それで『絶対やめるな。まだ若いんだからできるよ』と背中を押してもらいました」

八木智哉。投手、31歳。オリックスから中日へ

それぞれのかける思い、そして結末

東野峻。投手、28歳。オリックスからDeNAへ

戦力外通告後、気持ちの切り替えに苦労したという東野。マウンドに向かう際にはさまざまな思いが交錯したという。

「マウンドに上がったとき、『今日が最後になるかもしれない』と実感しました。今日は4歳の子供が『パパの野球が見たい』と言うので連れてきたんです。やっぱり自分が野球をやっている姿を見てもらってよかったですね。今、嫁のおなかの中にも子供がいて12月には生まれるんです。まだ野球を続けたいんですが、それは自分の決めることじゃない。でも、投げっぷりのよさは見せられたと思う」

充実の登板を終えた東野には複数球団の編成から絶賛の声が上がり、いち早くオファーしたDeNA入りが後日、発表された。

生き残りをかけた戦いに挑む選手がいる一方、今年もまた自分の野球にケジメをつけにトライアウトに挑んだ選手もいる。

この日、センターバックスクリーンへのホームランを放った阪神の森田一成(25歳)はそのひとりだ。

「自分としては正直、トライアウトを受けてまで……という気持ちがあって、ここに参加するのもやめようと思っていたのですが、最後に『やってこい』と周囲に押されたので、お世話になったみんなに最後のプレーを見せたいと思って来ました。ホームランはそういうところからついてきたのかな(笑)」

阪神、森田一成。内野手、25歳

またヤクルト・由規(よしのり)の弟、佐藤貴規(21歳)も区切りを強調した。

「苦しかったことばかりでしたね。ヤクルトでは兄(由規投手)と比較されることもあったけど、結局は自分の実力不足。最後に一本だけでも自分らしいヒットが打てた。悔いはないです」

最後のアピールの場であるトライアウトで登板後に「僕はイップス(*1)です」と衝撃の告白をした選手がいた。11年、TBS時代のベイスターズ最後のドラフト1位、北方悠誠(20歳)だ。昨秋には158キロを出して一躍ストッパー候補に名乗りを上げるも、イップスとフォーム改造の失敗で球速を約20キロ落とし、この日の投球も2四球に暴投1と散々の内容だった。

*1 精神的な原因などによりスポーツ動作に支障をきたし、思いどおりのプレーができなくなる運動障害

「自分でもどんなふうに投げたら元に戻れるのだろう……どうやったら新しい自分を見つけられるのだろうって……。今後、新しいことにどんどん挑戦して、自分をつくっていこうと。また投げられるように頑張ります」

しっかりとした口調でこう語った北方にはソフトバンクが育成での契約を昨日発表した。

DeNAの編成ミスに泣かされた者たち

DeNA北方悠誠。投手、20歳。

その北方の投球をベンチでじっと眺めていたのが、帝京高校1年生時に学年史上最速の148キロを計測した同じくDeNAの伊藤拓郎(21歳)。北方とは同期のドラフト9位。1年目から一軍戦に登板し将来を嘱望されながら、故障が響き3年で戦力外を受けた。

高卒で入団し、わずか3年で戦力外。そんな異例ともいえる処分を今年受けた投手がDeNAには4人もいる。彼らはいずれも11年、球団オーナーがTBSからDeNAに替わるドタバタ期間に行なわれたドラフトで指名された高校生投手たちだ。

北方、伊藤。そしてトラヴィス、古村徹の4人は、TBSの身売り問題で球団がどうなるかわからない状況下で指名された選手。今年の大量解雇は明らかな編成のミスだ。

当時、9位指名を受けた伊藤は涙を流し「命を賭ける」と発言していたが……。

「球団から『来季は契約しない』と聞いたときには……涙は出ませんでしたね。僕にはまだできる自信があります。僕をプロに入れてくれたベイスターズを恨むつもりはありません。

クビになったとき、木塚コーチに報告の電話をしたんです。今年中継ぎをこれからちゃんとやろうってときにケガをしてしまった。僕が悪いのに、木塚さん、ずっと謝ってくれて。『おまえ、できるよな』って。『またどこかで投げてくれ』って……それで吹っ切れました。

ああいう人に出会えたことは僕の財産です。まだ野球をやめるつもりはありません。16歳のときに甲子園で投げてから、上がったり下がったり、いろいろと経験させてもらいましたが、これからまた上がれるように頑張ります」

選手たちは運命の一日を経て、それぞれの人生に分かれていく。その道の先にどんな結末が待っているかはわからない。ひとりでも多くの野球人の思いが果たされんことを祈る。

(取材/村瀬秀信 撮影/高橋定敬)

■週刊プレイボーイ48号「プロ野球合同トライアウト2014 『オレたちはまだポンコツじゃない!』」より