福島復興局に出向いて4度目となる解除停止の要望書を提出した住民代表

原発再稼働に突き進む安倍政権にとって、福島原発事故と放射能問題はすでに終わったことになったかのようだ。それを象徴する出来事が今、南相馬市で進んでいる。「特定避難勧奨地点」の解除問題だ。

国はいまだ高い線量を記録している地点に住民を帰宅させ、補償を打ち切ろうとしている。それに対して住民は抗議の姿勢を見せている。

いったい何が起こっているのか? 国の狙いはなんなのか? 南相馬市に行って話を聞き、実際に現地の線量を調査してみたら、とんでもない実態が明らかになった!

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■避難指示したときより高い基準で国は帰宅させようとしている

福島の避難指示区域は今3つに分かれている。年間積算線量が50mSv(ミリシーベルト)を超える「帰還困難区域」、20mSvを超える恐れのある「居住制限区域」、そして20mSv以下となる「避難指示解除準備区域」だ。

南相馬市の特定避難勧奨地点が集中する原町区は福島第一原発から20㎞圏外にあるが、原発の爆発後、放射能が飛散した北西方向に位置するため放射線量は依然として高い。地図中の原町区部分は特定避難勧奨地点が集中するエリア

そしてもうひとつ、それ以外に設けられているのが、今回問題となっている「特定避難勧奨地点」。福島県民以外はピンとこないかもしれないが、いったいどんなものなのか?

「避難指示区域以外の場所で、1年間の積算線量が20mSvを超えると推定される空間線量率が続いている『地点』のことです。このような場所では生活形態によっては年間20mSvを超える被曝(ひばく)の可能性も否定できません。そのため国が地点を特定した上で、住民に注意を喚起し避難の支援促進をするのです」(内閣官房被災者支援チーム)

つまり、「帰還困難区域」のようにエリア全体を避難指示区域にするわけではないが、ホットスポット的に放射線量が高い場所を国が住居ごとに指定し避難を呼びかけている、そういう地点のことだ。

先述したように、避難指示区域の3区分のうち、最も放射線量が低い「避難指示解除準備区域」に指定される条件は年間20mSv以下の被曝が想定されるエリア。要は、特定避難勧奨地点はそれより深刻な放射能汚染に見舞われている場所ということだ。ちなみに、国が目標とする一般人の年間被曝上限は1mSv。その20倍以上にも達する危険な地点である。

2011年に勧奨地点として指定されたのは、南相馬市(152世帯)、伊達市(128世帯)、川内村(1世帯)の合計281世帯だった。このうち伊達市と川内村は、線量が年間20mSv以下に下がったとして2012年12月に解除。そして最後に残った南相馬市を「解除の要件は整った」として今、国は指定解除しようとしているのだ。

避難指定時よりも高い放射線量で解除指定?

だが、これに対して住民から怒りの声が噴出した。解除反対運動を行なう「南相馬・避難勧奨地域の会」で世話人を務める小澤洋一氏が言う。

「解除なんて、とんでもありません。指定地点の集まる市内西部は、全地域が飯舘村に近い所。まだまだ線量が高く、地表が毎時10μ(マイクロ)Svを超える場所さえあるのです。もし指定が解除されれば、賠償は3ヵ月後に打ち切られ、避難している住民も家に戻らざるを得なくなる。危険に身をさらすことになってしまうのです」

しかも、国は今回の解除の基準を、避難させたときよりも高く設定しているのだという。

「勧奨地点に指定したときの空間線量率は毎時3・22μSvから3μSvの間でした。ところが、今度の解除はそれより高い毎時3.8μSvを基準にするというのです。18歳以下の子供か妊婦がいる世帯は、地上50㎝で毎時2μSv以上なら避難させるなど、より厳しい基準を適用していたのに、それが毎時3.8μSvで解除。こんなばかな話があるでしょうか」

確かに、避難指定時よりも高い放射線量で解除するとなれば明らかにおかしな話だ。

「南相馬・避難勧奨地域の会」は、10月10日に参議院議員会館で指定解除に反対する政府交渉を実施。その後は「南相馬特定避難勧奨地点地区災害対策協議会」(菅野秀一会長)も加わりながら、安倍首相などに計4回にわたる要望書を提出し、10月24日には現地視察に訪れた高木陽介経済産業副大臣にも要望書を直接手渡した。

この間、指定解除に反対する地元住民から集まった署名は1210通に上る。住民代表の菅野秀一氏がこう憤る。

「国は、放射線量を測定した結果、基準を下回ったから解除すると言っていますが、その方法だって玄関先と庭先の計2ヵ所を調べただけ。これでは、その世帯の放射線量を正確に表しているとはいえません。

そもそも、除染が終わっても私たちの地域は放射線管理区域と同じくらいの線量があり、人が住むには過酷な環境なのです。だからこそ、指定解除時期やその後の補償の扱いを、避難指示解除準備区域に指定されているお隣の飯舘村や南相馬市小高区と同じにしてほしいのです」

南相馬市の放射線量は、市役所のモニタリングポストで毎時0・18μSv前後。年間1mSvの目安となる毎時0・23μSvを下回っているので高くないように思える。

では、特定避難勧奨地点に指定された山間部はどれだけ放射線量が高いのか。測定機器を携えた住民に同行し、現地の様子を取材することにした。

避難指示区域内にある飯舘村役場に置かれたモニタリングポストは毎時0.46μSvを表示。だが、隣接する南相馬市の山間部では、避難指示区域外にもかかわらず、さらに高い値を示していた

何も対策をしていない場所に住民を戻そうとする国

■自宅から300m地点にプルトニウムが!

原町区大原地区にある佐藤信一さん宅。勧奨地点の指定世帯だ。玄関横に置かれた庭石に測定器を近づけると、いきなり3000cpmカウント・パー・ミニッツを超える表面汚染が見つかった。この数値はどのくらい高いのか?

原発施設などに設けられる放射線管理区域では、法律によって1000cpmを超えるものは汚染されていると判断され、外部に持ち出せない。原発事故の影響がなければ100cpm前後が普通だ。つまり、庭石は約30倍も汚染されていることになる。

しかも、佐藤さん宅から300mと離れていない場所からは、福島第一原発の爆発で飛んできたとみられる毒性の強いプルトニウムが見つかっていた。

文部科学省は2011年6月から7月にかけて、福島第一原発から80㎞圏内の100ヵ所で土壌を採取した。それを分析したところ、原発事故由来とみられるプルトニウムが検出された場所が複数あった。南相馬市からは3ヵ所で発見されたが、そのうちの1ヵ所が佐藤さん宅から目と鼻の先だったのである。

前出の小澤氏が言う。

「アルファ核種でなおかつ半減期が2万4000年と非常に長いプルトニウムが、勧奨地点付近の土壌に沈着していることは文科省の調査でもはっきりしました。畑仕事などで空中に舞い上がったものを吸い込んでしまえば、健康リスクは非常に大きい。国は何も対策をしていない、そんな場所に住民を戻そうとしているのです」

佐藤さんも不安げにこう語る。

「放射能汚染がこんなにひどいのに、今まで空間線量だけで判断されていたことに憤りを感じます。まだここに住むべきではないという気持ちです」

放射線量が高いのは佐藤さん宅だけではない。

別の指定世帯で馬場地区にある渡部八郎さん宅では、庭の地表50㎝の空間線量が3μSv、地表は6μSvを超えた。今年8月に除染を行なったにもかかわらずだ。

ここの家にはふたりの高校生の子供がいるので、指定基準である毎時2μSvを超える値だ。だが国は、「庭先」と「玄関先」を指定と解除の際に測定するだけなので、ほかの場所の線量がどんなに高くても考慮されないという。

大原地区にある佐藤信一さん宅の玄関近くにある庭石からは3000cpmを超える表面汚染が計測された。放射線管理区域から持ち出せる基準の3倍という高い数値が庭先にあるのだ

住民の声をくみとり国に伝えるべき県や市だが…

「馬場地区の渡部誠さん宅にも11月19日に環境省の職員が測定に来ました。庭の側溝を測ると10μSv超。表面汚染は4000cpmありました。住民の不安を解消するために、除染のことを『お掃除』とか呼んでましたが、私が質問しても『この汚染はたぶん取れない。清掃後に再測定することはたぶんない』と言うんです。あきれてしまいます」(小澤氏)

この原町区は宅地以外でも、とにかく汚染度や空間線量の高い場所が多い。高倉地区にある農地は2週間ほど前に除染したというが、畑の土手を測定すると地表が毎時10μSvを超えた。また、「釣り人がよく座る」という馬場地区の池のコンクリート製の土手は3μSv超だった。

さらに勧奨地点に指定されず今でも住民が住んでいるお宅では、井戸を囲むコンクリートが実に2万cpmも表面汚染されていた。

■賠償費用を抑えるために住民を犠牲にするのか

特定避難勧奨地点だけでなく、原町区の周辺地域全体が依然として放射能汚染されていることはわかった。こうした状況があるのなら、まず福島県や南相馬市が住民の声をくみ取って、国に適切な対応をするよう要望するべきところだ。

だが、国に遠慮をしているのか、対応には及び腰だ。南相馬市は今年6月、丁寧な放射線測定や解除時期を適切に考えることなどを促すよう国に要望したが、県に至っては具体的な行動を起こしていない。内堀雅雄新知事にも考えを聞こうとしたが、「個別にはお答えしていない」(広報課)と断られた。

だからというわけではないが、野党議員がこの問題について国会で追及を始めた。10月下旬、社民党の又市征治参議院議員は、東日本大震災復興特別委員会で高木陽介副大臣に対し「敷地の中に高い放射線量があるのに年間20mSvを解除の基準にするのは妥当だとは思えない」などと国のやり方を非難。

11月17日には維新の党の川田龍平参議院議員も「さらなる除染などの対策を行なうべきであり、解除というのは時期尚早ではないか」と疑問をぶつけた。

このなかで川田氏が、子供や妊婦のいる世帯で解除の数値が指定よりも高くなることはないのかと質(ただ)すと、高木副大臣は「妊婦、子供のいる世帯で毎時3.8μSvを下回ったことをもって解除することはない」と明言。ようやく一歩前進した。

許されるはずがない住民無視の政策

だが、そもそも、玄関先と庭先の2ヵ所だけしか測定しない国のやり方は乱暴すぎる。これでは、そこ以外を歩いた場合の被曝は知らないと言わんばかりだ。生活空間全体を丁寧に測定して住民の納得を得るという視点が欠けている。

国はなぜ、住民の神経を逆なでしてまで特定勧奨指定地域を解除したいのか?

「ひとつには、増える一方の賠償費用を抑える狙いがあります。特定避難勧奨地点に指定されると毎月ひとり10万円の賠償がもらえます。このため指定されなかった住民も同等の賠償を求めて、原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)に続々と裁判外紛争解決手続きを申し立てているのです。

それに、これから避難指示区域の解除を行なっていくためには、順番として、まず特定避難勧奨地点から解除していかないと整合性が取れないという事情もあります。そして、住民の帰還を促す福島県の政策に、国として支援したいとの気持ちも当然含まれています」(政策関係者)

賠償額は確かに増えている。伊達市では指定地点が解除された直後の2013年、指定されなかった住民1008人がADRに申し立て、和解金を勝ち取った。今年11月18日には、新たに福島市と伊達市の1241人も申し立てている。

しかし、だからといって住民無視のごり押し政策が許されるはずはない。被害者救済が何より第一のはずだ。

「空間線量が高くて不安に思っている人がいるなら、国はその意見をしっかりと聞き、住民の意向に沿って政策を行なうべきです。平時であれば年間被曝は1mSv以下。放射線管理区域よりも高いような場所での生活を強いるべきではありません。特に子供の健康がしっかりと維持できるよう法律での支援措置が必要なのです」(前出・川田議員)

被災者が国の犠牲になり、経済的な負担やさらなる被曝を強いられるとしたら、こんなばかなことはない。福島は安全な土地だと必死に訴え、復興や原発再稼働を目指そうとしている人たちは、特定避難勧奨地点の解除に反対する住民たちの声に真剣に耳を傾けるべきだろう。

南相馬市押釜地区の除染仮置き場前に置かれたモニタリングポスト。毎時0.579 μSvを表示するが、持参した測定器ではそれを上回る毎時0.71μSvを示した。いずれにせよ非常に高い数値だ

(取材・文・写真/桐島 瞬)