数多くある発展途上国のなかでも、ひときわ注目を集めているミャンマー。実際に現地を訪れてみると、その独自の魅力を肌で感じることができました。

11月17日、日航系商社のJALUXと三菱商事などが出資する企業が、ミャンマー中部のマンダレー国際空港を運営する受託契約を結んだことが発表されました。10月初旬には、ミャンマー政府が日本のメガバンク3行を含む外国銀行9行に銀行免許を交付しました。いずれも日本のミャンマーへの投資意欲、およびミャンマー側の日本への期待を表す動きといえるでしょう。

ぼくは今年8月、ASEAN(東南アジア諸国連合)会議の開催中に初めてミャンマーを訪問し、現地で日本の影響力を感じました。最大の都市ヤンゴンの中心部を走る自動車の約8割は日本車で、長距離バスの車体も、ほとんどは日本の地方観光バスの中古車。ヤンゴン中央駅前には「サクラタワー」という巨大ビルが立ち、日本企業の広告看板がまるでニューヨークのタイムズスクエアのようにいくつも掲げられていた。かつて日本がミャンマーを侵攻した歴史があるにもかかわらず、日本企業や製品を好意的に受け入れてくれる親日家が多く、ひとりの日本人として感動さえ覚えました。

ただし、猛烈な経済発展の入り口に立つミャンマーと結びつこうとする国は日本だけではありません。強力なライバルのひとつが韓国。大量の資金を投入するサムスンの広告戦略は世界的に有名ですが、ぼくがヤンゴンの空港で入国審査を受ける際、係員のいるカウンターひとつひとつにサムスンの広告看板が掲げてあったのを見たときは、さすがに目を疑いました。どうやったらこんなパブリックな場所に広告を打てるのか。サムスンのコネクションと突破力には驚かされるばかりです。

コカ・コーラなどアメリカの有名企業も精力的に動いているようです。しかし、米政府が1992年に米企業に対して出した「ミャンマーの軍事政権と関係する200の企業・個人との取引を禁じる」という通達が現在も生きているため、米企業はミャンマー進出において他国企業より出遅れている印象です。

影響力という面で特殊なのは中国です。国有企業による資源開発だけでなく、広東省や雲南省から翡翠(ひすい)ビジネスのために訪れていた中国商人が、マンダレー市内でたむろしていました。

ミャンマーには流暢(りゅうちょう)な中国語を話し、活発に経済活動を行なう中華系ミャンマー人が多く住んでいる。日本や韓国のような商業的なつながりではなく、“中華”は文化レベルで生活の中に溶け込んでいる。ぼくがヤンゴンのバスターミナルで切符を買えなかったとき、助けてくれたのは完璧な中国語を話す20歳の華人女性でした。「なぜそんなに上手なの?」と聞くと、「両親が中国語の教育に熱心だったから」と、少し恥ずかしそうに答えてくれました。

ミャンマーの華人の中国共産党に対する心証は?

ただ、ミャンマーの華人は決して中国共産党を支持しているわけではない。どちらかといえば、民主化運動の象徴であるアウンサンスーチーさんを支持していました。というのも、そもそもミャンマーの華人の多くは文化大革命の時期に中国から逃げてきた人で、現在はその二世たちが中心。当然、彼ら・彼女らが中国共産党に好意的なはずはなく、ぼくが現地で出会った若者の多くは、台湾へ留学して中国語などを学んだようです。ミャンマーの民主化や中国問題について、忌憚(きたん)なくクリティカルな意見を述べてくれました。

旧宗主国がイギリスだったこともあってか、多くの場所で英語が通じる国際性。中国の文化や言語を踏襲しながらも、自由な発想を持つ華人の経済力。5000万人を超える人口の潜在力。資源豊かな未開発の土地、そして素朴で勤勉な国民性。ミャンマーは東南アジアでも独自の魅力を持つ国であるからこそ、各国が競って関係を築こうとしているのでしょう。この流れに出遅れていいというなら、その理由を逆に教えて!!

●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/