伝説の野球漫画『キャプテン』の初代担当編集だった谷口忠男さん。今回はその秘話を明かしてくれた。

永遠の、そして不朽の名作としていまだ愛され続ける野球漫画の金字塔『キャプテン』。アニメ化もされ、何度も再放送されているため世代を超えて「泣けた!」というファンは多いはずだ。

作家のちばあきお氏は、続編である『プレイボール』や遺作となった『チャンプ』も知られるが、その『チャンプ』連載中に自ら命を絶ったことでも伝説となった。わずか41歳の生涯、まだまだ創作が待望されるなかでのあまりにも早すぎる絶筆だった。

才能ゆえの葛藤、漫画執筆という苛酷な生活の苦悩、まさにその作品と人柄がリンクする実直さ、生真面目さ…。没後30年となった今、その死を惜しみ、これまであまり公に語られることのなかった、その誕生秘話から創作活動、人物像までを初代担当編集者・谷口忠男氏(元『月刊少年ジャンプ』編集長)にお話しいただいた。

■明らかに絵柄の違うページがあった!?

―ちばあきおさんとは新人時代からのお付き合いだったそうですね。

谷口 当時、ちばさんは兄のてつやさんのアシスタントをしながら、講談社で少女マンガを描いていました。そこで少年誌でもやってみないか、と読み切りの話を持ちかけたんです。1年半かけて完成した『校舎うらのイレブン』はまさに傑作。作品に込められた「優しさ」と「人情味」に強く惹(ひ)かれました。

―『キャプテン』誕生の経緯は?

谷口 その後、少年草野球マンガ『半ちゃん』を手がけた後、『キャプテン』につながる読み切り『がんばらなくっちゃ』が誕生します。それがあまりに好評なので連載になったんです。ちょっとした裏話ですが、この読み切りのページ数を私が勘違いしていて、3ページ足りなくなってしまうアクシデントがありました。しかもちばさんがそのときにケガをして描けなくなってしまい、ほかの作家さんに頼まざるを得なかったんです。一部だけ明らかに絵柄が違う部分があるのは、そのせいなんですよ。

―そんな裏話が! 確かに全然違います。

谷口 普通ならその部分は後で描き直したりするじゃないですか? でも、ちばさんは頑として描き直そうとはしなかったんです。代わりに描いてくれた人に申し訳ないし、その人の仕事を大切にしたい、そんな思いがあったんでしょう。

―『キャプテン』には、それまでの野球マンガと違って、派手な魔球も、すごい才能を持った天才も登場しません。

谷口 当時のスポ根に反抗しようとかそういう意識はまったくなかったですね。ちばさんの原体験が大きかったと思います。下町の人情に育てられた彼はとても優しく、穏やかな人でした。ほかのマンガ家みたいなギラギラした感じもありませんでしたからね。身近でありふれた目線をもっているから、『キャプテン』は素晴らしい感動を与えてくれるのだと思います。

ちばあきおさんは、とてつもなくストイックな人物

―そうした普通の少年たちが、血のにじむような努力をしていくわけですよね。

谷口 ちばさん本人がとてつもなくストイックな人でしたからね。ゲラ刷りという完成見本が届いた後も、そこに赤鉛筆で修正を入れたり、締め切りが過ぎているのに野球部員が振り返るカットを何度も描き直したり……。「もういいんじゃないか?」と何度思ったことか(笑)。飲み屋でサインをねだられたときも、鉛筆で下書きしていましたからね(笑)。まじめすぎるんです。

―とはいえ、『巨人の星』や『ドカベン』に比べると、明らかに地味ですよね。編集サイドから何か変えろといった指示もあったのではないですか?

谷口 あまりに主人公が目立たないので、谷口にウインドブレーカーを着させろ、と編集長から注文をつけられたことはありました。だけど、ひとりだけ違うカッコをしているのも変な話ですよね? 結局、谷口の頭をベタ塗りにするのではなく、ごま塩頭にすることでごまかしました。でも連載後、すごい人気を獲得したらなんにも言われなくなった。好き勝手やれと(笑)。

―当時の人気はすごかったそうですね。

谷口 『別冊少年ジャンプ』の売り上げが10万部ずつくらい伸びていましたから、驚異的ですよ。刷り上がった後の見本が、印刷工場の人やほかの編集部で奪い合いになっていたんです。こちらに回ってくるのが、たったの3部だったこともありました。

■ちばあきおの好きなキャラは!?

―谷口さんは、主人公・谷口タカオのモデルだといわれていますよね。

谷口 名前はそうなんですが、ちばさんは「中身は正反対です」と語っていましたね。ただ、『プレイボール』で谷口が先輩の送別会で裸踊りを披露するシーンがあるんですが、それだけは私をモデルにしたそうです(笑)。作品の進め方ですが、基本的に私は人物描写などでおかしいところがあったら指摘するくらい。ストーリーは弟の七三太朗(なみたろう)さんと相談していましたが、キャラクター設定は、ちばさん。そば屋の親父に関しても詳細なスケッチや設定をつくっていたのには驚かされました。

『キャプテン』『プレイボール』の結末の秘密とは?

―ストイックに努力していく谷口くんは、ちば先生の自己投影であるようにも思えますね。

谷口 そうかもしれません。ただ、本人のお気に入りは、イガラシでした。強いリーダーシップでチームを牽引(けんいん)していく姿に、憧れを持っていたんじゃないかな。

―絶大な人気を誇った『キャプテン』『プレイボール』ですが、その結末は誰もが「え?」と思ってしまうようなあっけないものでした。なぜ、ああいうかたちになったのでしょうか。

谷口 週刊、月刊ふたつの連載で、ちばさんの体と精神が限界まで来ていたからです。私たちとしても、もう苦しんでいる姿は見たくないということで……。兄のてつやさんも「もうマンガ家は辞めさせて、花屋でもやらせるかな」なんて言っていましたからね。その後、1年ほどの休養を経て、ちばさんから「もう一度、描きたい」っていう連絡があって、『チャンプ』などの作品が生まれるわけですが……。ちばさんが亡くなられたのは、もう大丈夫と思った矢先の出来事だったんです。

―もし、ちばさんがお元気でいらっしゃったなら、『キャプテン』や『プレイボール』はどのような結末を迎えたと思いますか?

谷口 うーん。難しいですね。正直、別の作家を立てて『キャプテン』の続編をつくる構想もあったのですが、奥さまの「ちばの物語は終わったんです」という言葉で、実現を断念しました。ちばさんの追悼企画として『その後の谷口くん』という作品をつくったことはありますが、それも周囲が推測して描かれたものですからね。

―ちばさんの作品は、イチローら一流選手にも大きな影響を与え、今なお愛されています。

谷口 よりリアルな描写で多くの野球少年に影響を与えたのは事実でしょう。しかし『キャプテン』は、すべての人に一生懸命に努力することの美しさや、その先に待っている喜びを教えてくれる作品です。ひたむきな努力家、涙もろくて短気な人情家、クールな理論派、子供っぽい純情派……。すぐそばにいそうなキャプテンたちが懸命に努力していくさまを、現代の、そして次世代の子供たちにも読んでいただきたいですね。

(取材・文/村瀬秀信 撮影/藤木裕之)

●谷口忠男(たにぐち・ただお)元『月刊少年ジャンプ』編集長。『キャプテン』担当編集。新人時代、若き日のちばあきおと出会う

■週刊プレイボーイ51号(12月8日発売)「全野球漫画から最強ベストナインを決める!!中学・高校編」より

多くの野球少年に影響を与えた不朽の名作。イチローや新庄など、野球選手にもファン多数。文庫版は現在も発売中。(c)ちばあきお/集英社