なんのための選挙なのか? そう感じるのも当然かもしれない。週プレ世代やそれ以降の世代にとって何よりも重要な「社会保障改革」が、争点としてまったく浮上してこないからだ。

そこで、この分野の第一人者である森田朗氏と、各種統計分析の専門家・山本一郎氏が、本当の“日本の争点”を語り合った、第2回!(第1回⇒ http://wpb.shueisha.co.jp/2014/12/11/40448/

■ドアを開けるとキリギリスが20匹!

山本 政府は「50年後も人口1億人を維持する」という長期ビジョンを掲げていますが、はっきり言って無理。夢物語です。

森田 現在、1年間に生まれる子供の数が100万人くらい。男の子のほうが少し多いので、女の子は50万人弱です。この世代の人数は、大規模な移民政策でもない限り絶対に増えません。この女性たちが将来子供を産むか、産むとしたら何人なのか、ということを人口学に基づいて推計しています。社人研の推計のなかで最も悲観的なパターン(低位推計)では、2060年に生まれてくる女性は16万人にとどまる。ちなみにそのとき、85歳の女性は実に70万人(中位推計)もいるんです。

山本 この状況を改善しようと思えば、女性にもっと子供を産んでもらうしかない。なかなか難しい問題ですよね。

森田 若い世代がまず結婚しない。本当は結婚したいし子供もつくりたいけど、お金がない、生活が苦しくてできないという人には、どんどん支援をすればいいかもしれませんが。

山本 私も調べたことがあるのですが、結婚した男女の出産率は以前からさほど変わっていないようです。今でも結婚すれば2、3人産む夫婦が多い。私には男の子が3人いるんですが、もう3人欲しいですよ(笑)。

労働世代が高齢者保護の犠牲に

森田 東京をはじめ都市部で多いようですが、妊娠してから5年も10年も子供に縛られるのはイヤだという意識の人が多いと、なかなか解決しません。

山本 ロシアでは3年間で6兆円の予算を投入しても、やっと出生率1.6くらい。2を超えないと人口減に歯止めはかかりません。補助金だけでどうにかしようというのは非常に厳しい。日本でも、それ以外の各国でも、人口減・少子高齢化は確実に進む。それを前提としない政策や議論では意味がありません。

森田 こういうブラックジョークがあります。『アリとキリギリス』の話で、アリの家に越冬できなかったキリギリスが「助けてくれ」って来るじゃないですか。イソップ童話の挿絵(さしえ)だと、アリが10匹、20匹といて、そこにキリギリスが1匹入ってくる。ところが、これからの日本では、アリがドアを開けると、そこにキリギリスが20匹くらいいる(笑)。

山本 アリ大困惑(笑)。

森田 エンディングは3つシナリオがあるんです。断ってキリギリスを外に放り出すという話と、とりあえず家に入れたけど全部が死んでしまったという話と、極端なのはキリギリスがアリを食べて生き延びたという話(笑)。

山本 ステキな話です。しかし、現実そのままで笑えないですね。2030年前後には、団塊の世代が後期高齢者になってしばらくたち、その多くの人に高額の医療や介護が必要になる。

森田 社会保障のお金は無限にあるわけではない。現状の制度を放置すると、労働世代が高齢者保護の犠牲になって潰(つぶ)れてしまいます。

スイスでは「自殺ツーリズム」も

■スイスでは「自殺ツーリズム」も

山本 ひとりの人間として、親族や身近な人に長生きしてほしいと思うのはごく自然な感情ですが、その気持ちと社会の現状がリンクしなくなってくる。厳しい議論になりますが、現実問題として、高齢者への支援をどう削減するかを社会全体で考えざるを得ません。ひとり当たり年間400万円以上かかる人工透析(とうせき)など高額な医療や、延命治療に対する公的補助を、一定年齢で打ち切るという議論も浮上してくるかもしれません。

森田 それ以後は、自己保険などで自ら負担するしかないと。

山本 極端な例ですが、海外では80歳以上など一定年齢の高齢者の場合、寝たきりで医療費を自己負担できなければ1年間だけ補助することになっているという事例もあります。そこで補助を打ち切り、厳しいですが同意をもって尊厳死していただく。また、ヨーロッパには「自殺ツーリズム」もあります。自殺幇助(ほうじょ)罪という刑法上の罪がないスイスに家族で旅行して、末期的な病気になっているおじいちゃん、おばあちゃんに安楽死してもらって帰ってくる。

森田 安楽死や尊厳死は、社会における考え方の問題もありますが、本人の意思で死を選択したときにそれを受け入れるということ。本人がイヤだというのにやったら殺人です。

山本 そこで本人意思の確認という問題になります。日本には認知症の予備軍(軽度認知障害)が400万人くらいいるんですが、この人たちが発症してから尊厳死の意思を明確にできるのかどうか。意思確認や財産管理の問題など、社会制度がしっかりしていないといけない。公証役場や裁判所の改革も必要ですし、生前贈与や、市民後見制度も考えなくてはなりません。

森田 2030年をひとつのリミットと設定するなら、もう改革に着手しないと間に合わない。

*この続きは、明日配信予定!

(構成/佐藤信正)

●森田朗(もりた・あきら)1951年生まれ。国立社会保障・人口問題研究所 所長東京大学名誉教授(行政学)。東京大学公共政策大学院院長、東京大学政策ビジョン研究センター長などを歴任。『制度設計の行政学』(慈学社出版)など著書多数。

●山本一郎(やまもと・いちろう)1973年生まれ。選挙データ専門家、投資家、ブロガー。選挙データをはじめとする各種統計分析の専門家であり、永田町・霞が関方面の動向にも詳しい。『情報革命バブルの崩壊』(文春新書)など著書多数

■週刊プレイボーイ51号(12月8日発売)「『老人を捨てるか若者を捨てるか』を誰が言い出すか?」より