なんのために票を投じるのか。何が問われているのか。日本の有権者ですらそれがわからないのですから、海外から見ればなおさら「説明できない選挙」でした。

今号の発売時(週刊プレイボーイ52号・12月17発売)には、衆院総選挙の結果が出ているはずです。結果はフタを開けてみないとわかりませんが、事前の予想では自民党の大勝が伝えられています。

安倍首相は「争点はアベノミクスだ」と言いましたが、国民の多くはピンとこないまま選挙に突入してしまったと思います。安倍政権の発足以降、市民生活レベルで「景気がよくなった」という実感はないようで、むしろ円安による物価上昇と消費税率8%への引き上げにより、生活が厳しくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。社会保障の財源確保、日本の長期的発展のために打ち出した消費税率10%への再引き上げを延期することも、ほかならぬ首相自身が「アベノミクスが思ったほどうまくいっていない」と感じていることの証明です。

政党政治を機能させるには“強大な与党”よりも“健全な野党”が要になる。今回の解散・総選挙は、民主党や第三極が力を発揮できないタイミングを見計らって行なわれた。その意味で、逆説的ではありますが、安倍首相は実は弱いリーダーなんだなという印象を持ちました。強いリーダーなら、強い相手に真っ向勝負を挑み、真の強さを有権者に証明しようとするはずですから。

間接民主主義において、選挙とは文字どおり自分の代弁者を「選んで挙げる」行為のはずですが、今回の選挙は自民党にとっては「負けるはずがない選挙」、国民にとっては「選択肢のない選挙」。これを果たして選挙と呼べるのか、という根本的な疑問が残ります。この一票で生活が豊かになるかもしれないとか、この問題を改善するために自分の一票を託したいなど、前向きな投票ができた人はどれだけいたでしょうか。

首相の言動を理解できないのは国際社会も同様です。2012年末の就任以来、積極的に海外遊説や国際的な発信を行なってきた安倍首相は、日本人が思う以上に注目されてきた。就任早々に「ジャパン・イズ・バック」と宣言し、北京で開催されたAPEC首脳会議では中国・習近平国家主席とも会った。日銀は、アメリカの中央銀行が金融緩和を止めた直後に大規模な緩和に打って出た。問題を解決するため能動的にアクションを取っている最中の解散という行為は、海外から見れば「解せない」のひと言でしょう。ワシントンにあるシンクタンクの研究員は「不可解。ポイントレス」と首をかしげていました。

着目点は首相の“ごまかし”

首相交代や議会の解散がこれほど頻繁に行なわれると、実情はどうあれ「軸がブレている」という印象を抱かれてしまう。中国やアメリカをはじめ、国際社会には「日本の政治は不安定だ」と揶揄(やゆ)する知識人が少なくない。それに対して、ぼくは「日本では選挙があっても国民生活はほとんど変わらない。安定していないのは政治ではなく“政局”だ」という意見を述べるようにしていますが、なかなか理解されません。日本は今回もまた、国際的な信用を低下させてしまったようです。

国民に選ばれたリーダーが目標を掲げ、それを実行することは正しい。だからこそ、安倍首相はこのタイミングで解散するのであれば、アベノミクス、増税先送り、デフレ脱却などという、従来の耳あたりのいい言葉でごまかすべきではなかった。「憲法を改正するため」でも、「集団的自衛権行使の法整備を進めるため」でも、「今の日本には長期政権が必要だ。自分にはやりたい政策がある。任期を延ばしたい」でもいい。自民党が強い状況下での選挙だからこそ、長期的に、政治家として信念をかけて取り組もうと考えているテーマを大胆不敵に主張してほしかった。安倍首相に“強いリーダー”としての自覚があるならなおさらです。なぜ、それができなかったのか。言えない理由があったのか……逆に教えて!!

●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/