30歳でプロデビューし戦績は17勝6敗。7つのKO(TKO)勝利と6つの一本勝ちがある

格闘家の全盛期は30歳前後と言われているが、40歳を迎えた吉田善行(よしだ・よしゆき)は現在6連勝中で、大晦日にはさいたまスーパーアリーナでメインイベントを張る。

その先に見据えるのは、世界最高峰UFCへの再挑戦だ。四十路になり、なお夢を追い続ける格闘家の生き様をノンフィクション作家、田崎健太が活写した――。(前編はコチラ)

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タイタンFCライト級王者マイク・リッチとの試合では、吉田善行(よしだ・よしゆき)が日本を出る前から不可解な出来事が起こっていた。

タイタンFCと吉田は6試合契約を結んでいたが、個別の試合契約書、今回のタイトルマッチの契約書が送られてこなかった。試合の契約書に吉田がサインしたのは、試合前日の計量後だった。ホテルに戻るバスに乗る途中、急かされるように書類にサインさせられたのだ。

この試合の経緯を現地のコミッショナーに報告する必要もあるだろうと、後から吉田は契約書の控えを手に入れた。すると、そこには契約体重は266ポンド(約120キロ)と書かれていた。これでは相撲取りである。

またアメリカでは通常、試合の5日以上前には現地入りする。金曜日の試合に合わせて、吉田は遅くとも月曜日にはフロリダに着きたいと考えていた。ところが試合の2週間ほど前に送られてきた航空券は火曜日の深夜到着となっていた。せめて1日前倒しできないかと連絡したが、変更できないという返事だった。

吉田がタイタンFCへの参戦を決めたのは、マイク・リッチら海外の強豪選手と対戦する可能性があったからだ。

リッチもかつてUFCに在籍し、復帰を狙っている選手だった。現在、日本の総合格闘技の熱は完全に冷えている。UFCが目をつけているような選手を日本の団体が招聘(しょうへい)し対戦する機会はほとんどない。タイタンFCでリッチに勝てば、UFCの目に留まる可能性がある。

だが、キャッチウエイトとなれば、吉田が勝ったとしてもライト級王座は獲得できない。負ければ「敗戦」という戦績が残る。

40歳の吉田にもう時間は残されていない。意味のない試合を引き受けたくなかった。

憎しみすら感じる、一方的な解雇発表

柔道の強豪校出身の吉田は立ってよし、寝てよしのトータルファイターである

吉田がキャッチウエイトで試合をしないと決めたことで、タイタンFC側は慌てた。吉田対リッチ戦はメインイベントだった。吉田はアメリカに到着してから番組宣伝のための撮影もしている。その試合を中継できないことは団体にとって打撃となる。

彼らはファイトマネーを増やすので試合をしてくれと説得した。吉田が欲しいのは金ではない。もちろん首を縦に振らなかった。

試合当日の朝、吉田の部屋にタイタンFCの人間と、リッチのトレーナーという男が押しかけてきた。ニューヨーク在住の吉田のマネージャー、シュウ・ヒラタとスピーカーフォンで繋(つな)ぎ、通訳してもらいながら話をすることになった。

「これからマイク・リッチを連れてきて体重を量らせる。今のおまえとほぼ同じぐらいの体重だ」「たった2ポンドでどうして試合をやらないのだ?」ふたりは吉田に迫った。

(そのたった2ポンドを落とせなかったのはそちらの責任だろう)二度と悔いの残る試合はしたくないと、吉田は折れなかった。

以下は、タイタンFCのジェフ・アロンソンCEOが吉田をリリースした際に発した「公式コメント」である。

〈(吉田の不出場については)起床してから連絡を受けた。吉田が戦いたくないとのことなので、私はすぐに服を着て吉田の部屋に行った。吉田、そして吉田のマネージメントと話をしたが、吉田は文字通り、震えながら座っていた。彼はマイク・リッチと闘いたくなかったのだ。

リッチはプロとして体重を落とす必要があった。そこに弁解の余地はない。ただ契約上、義務があるにもかかわらず、2ポンドの違いで「やりたくない」というのは話が違う。

リッチは出場給の20%を吉田に支払うという申し出をして契約もした。それにもかかわらず、吉田は大会の数時間前になって出ないと言い出したのだ。

タイタンFCとしては、こういう人物は必要としないという結論になった。私はリッチが体重をつくっていた(契約体重をクリアした)としても吉田は闘わなかったんじゃないかと思っている。私は自分の判断に自信を持っており、前に進むだけだ〉

穿(うが)った見方をすれば、リッチはわざと体重を落とさず、タイトルを奪われないようにしたと見ることもできる。非があるのはリッチ側である。にもかかわらず、タイタンFC側の吉田に対する憎しみが感じられる一方的な発表だった。

「格闘家よりも、普通に働いたほうが稼げるかも」

帰国後、吉田は日本の老舗団体、DEEPからライト級タイトルマッチ出場の打診を受けた。チャンピオンの北岡悟は吉田と対照的にキャリアの全てを日本国内で戦ってきた。

「僕と違って日本で結果を出してきた選手。DEEPや戦極(せんごく)で見ているけど、すごくいい選手だと思いますよ」

吉田の身長は180センチ、6歳年下の北岡は168センチ――。腕の長い吉田と分厚い上半身をした北岡は対照的な体型である。

「できれば立って戦いたいんですけれど、組まれても全然勝負できるので気にしてないです」

吉田に加齢による衰えはあるかと訊(たず)ねた。彼は少し考えて「ぶっちゃけ、ないんです」と微笑んだ。

「今、一番練習していますからね。回復力、疲れが抜けづらいとかそういうのは感じますけれど、あとは別にないですね。ずっとトレーニングを続けているのであんまり関係ないんじゃないですか?」

タイタンFCの不出場からしばらくは気持ちの切り替えができなかったという。しかし、試合が近づくにつれ、北岡とのタイトルマッチに吉田は集中している。今は、勝つことしか考えていない。

勝ち続けることだけが格闘家としての存在を確認することになっている。

「お金の面とか考えれば、(格闘家よりも)普通に働いているほうが稼げるかもしれない。いろいろと考えますよね、なんでやっているんだろうって。でも今はUFC復帰しか考えていないです。もしどっかで負けて、それがダメだと思ったら、もう(現役は)やらないと思います。どっかでジムを出したり、選手を育てたりはしたいですけれどね」

北岡対吉田のDEEPライト級タイトルマッチは12月31日、さいたまスーパーアリーナでメインイベントとして行なわれる。

これは国内で活動してきた北岡と、アメリカを見据えた吉田という、これまで交わらなかったふたりの格闘家の生き様の衝突である。そして吉田にとっては、格闘家人生を賭けた一戦になる――。

UFC再挑戦を実現するために、大晦日は決して負けられない一戦となる

■『DEEP DREAM IMPACT 2014~大晦日special~』2014年12月31日(水) さいたまスーパーアリーナ 14:00開場 15:00開始予定【DEEPライト級タイトルマッチ】北岡悟(王者)vs吉田善行(挑戦者)大塚隆史vs石渡伸太郎横田一則vsISAOほか、全20試合程度予定詳しくはコチラ【http://www.deep2001.com/】

(取材・文/田崎健太 撮影/吉村輝幸)

■田崎健太(たざき・けんた)……ノンフィクション作家。主な著書に『楽天が巨人に勝つ日-スポーツビジネス下克上-』 (学研新書)、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社)などがある。