今シーズンは例年より3週間早く、12月頭から流行入りしているというインフルエンザ。1週間の受診者数は約139万人と、昨年同時期の約4倍もの猛威をふるっている。

それだけに、うがい、手洗いなど様々な予防を行なっている人も多いだろうが、果たして本当にそれは正しい行為なのか? WHOの感染症対策チームで国際的なインフルエンザ対策に従事した経験をもつ医師、村中璃子氏に聞いてみた。

●うがいは水で十分!うがいで重要なことは、ウイルスを殺すことではなく、洗い流すこと。18歳から65歳までの387人を対象に実施した京都大学による二重盲比較試験(※1)によれば、うがい薬(ヨード液)とただの水による予防効果は、水で40%、うがい薬で12%。どちらも効果はありますが、ただの水のほうが効果的だったという結果が出ています。

また、日本で水によるうがいによって得られる経済効果(風邪になった場合にかかる医療費や仕事を休むことによって失われる賃金などの総額)は、年間1人当たり3万1800ドルとの試算もあります(※2)。

とはいえ、インフルエンザや風邪の予防にうがいを推奨するのは日本くらいのもの。この安価で効果的な習慣を世界にも紹介したいですね!

●かかってからのうがい薬は逆効果イソジンなど市販のうがい薬の主成分であるヨードは、外科手術で手洗いに用いるほど効果の高い消毒薬ですが、特に風邪やインフルエンザにかかってからのヨード液によるうがいは、傷に塩をもみ込むようなもの。炎症を起こした粘膜を刺激し、かえって症状を悪化させます。同じ理由で、病院でもヨード液による喉の消毒治療はやらなくなりました。

私が産業医を務める企業ではトイレからうがい薬を撤去し、代わりに使い捨ての紙コップを置くことにしました。

固形のせっけんは逆に感染源に?

●最大の感染源は自分の手人は気づかないうちに、驚くほど頻繁(ひんぱん)に手で顔を触わっています。特にパソコンを触る人は顔を触る頻度が高く、5分に1回から3回、一日換算では200回から600回も触るという報告もあります。

最大の感染ルートは一般に、空気中に浮遊するウイルスを吸い込むことと考えられていますが、咳やくしゃみの飛沫(ひまつ)が空気中を浮遊している時間は非常に短く(風流や湿度などによります)、手を通じての感染の頻度のほうが高いという専門家もいます。

アメリカでは新兵の90%が、最初の数ヵ月間でなんらかの呼吸器感染症にかかるそうですが、予防対策として紫外線照射(直射日光に当たるのと同じ効果)、消毒薬散布など様々な方法を試みたところ、一番効果があったのは手洗いだったそうです。

「一日に最低5回手洗いする」という指示で、呼吸器疾患で受診する新兵の数は半減したといいます。

薬用ソープの「薬用」成分は意味なし手洗いの基本は、うがいと同じで洗い流すこと。爪の先や指と指の間まで15秒ほどずつこすってウイルスをしっかり落とすことが重要です。

「薬用」と聞くと消毒効果を期待しますが、いわゆる薬用ソープの主成分トリクロサンは、細菌には有効でもウイルスは殺せません。インフルエンザも風邪の原因微生物の9割も細菌ではなくウイルスです。

また、固形のせっけんではウイルスが長時間生き続け、逆に感染源となることもあります。薬用であるなしにかかわらず固形せっけんよりもハンドソープのほうが安全でしょう。

マスクは「使い捨て」が原則

●裏返しマスクに注意!マスクには予防効果はないという専門家もいますが、目の前の人がした咳やくしゃみをそのまま吸い込んでしまうのを防ぎ、ウイルスがついた手で自分の鼻や口に触れにくくするなど一定の効果はあります。

そして、意外と間違いが多いのがマスクのつけ方。いろんなタイプのマスクが売られていますが、表面のプリーツ(蛇腹の折り目)が下向きになるようにつけるのが正解です。逆につけると、プリーツの間にウイルスや細菌がたまりやすくなるので要注意です。

●マスクは使い捨てる!ところで、通勤の行きで使ったマスクを帰りにも…と、ちょっと使っただけのマスクはまた使いたくなりますね。でも、マスクは「使い捨て」が原則。使ったマスクの表面にはウイルスや細菌がついており、外すときにも手にウイルスが付着する可能性があるので、手洗いは「マスクを外してから」が鉄則です。

また、ウイルスは髪の毛やマスクに覆われていなかった部分の顔にも付着するので、髪をタオルで拭き、手だけではなく顔も洗うのも効果的です。

ただし、マスクも日本や大気汚染の激しいアジア諸国でのみ広く受け入れられている習慣です。マスク姿が目立つ冬の日本に来て「毒ガステロ? パンデミック(世界流行)!?」と驚く外国人も多いとか。

ワクチンを打ってもかかる?

●ワクチンを打ってもかかる?「ワクチンを打ったらインフルエンザになった」と訴える人がいますが、インフルエンザワクチンにインフルエンザウイルスは含まれていないので、ワクチンでインフルエンザになることは絶対にありません。

もちろん、ワクチンの効果は100%ではありません。しかし、感染の確率を下げ、かかった場合も重症化を防ぎます。一度打てば半年から一年は効果がありますが、抗体が上がるのに接種から3、4週間はかかるので、シーズン前の12月中旬までに打つのが原則です。

●ワクチンの中身は5月に決まっている!ちなみに、ワクチンに含まれるウイルス株は重症化しやすいA型2種類とおなかの症状が強いB型1種類の計3種類。その年、ワクチンに入れるウイルス株は、世界での流行傾向に応じて毎年5月には専門家の意見をもとに決定し、10月末頃には医療機関に供給できるよう夏前から製造が開始されます。意外に早いでしょ?

村中璃子 MURANAKA RIKO医師・医療ライター。一橋大学社会学部・大学院卒。社会学修士。北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チームでは、主として国際レベル・地域レベルでのインフルエンザ対策を担当した

■週刊プレイボーイ5号(1月19日発売)「かなり間違いだらけなインフルエンザ予防法」より(本誌では、さらに知っておくべき基礎知識を詳説!)

(※1)ざっくり言うと、バイアスがかからないように、どれがうがい薬入りで、どれがうがい薬入りでないか、うがいしている本人も研究者もわから ないようにした実験。出典:Satomura et al., Prevention of upperrespiratory tract  infections by gargling:arandomized trial., Am J Prev Med, 2005 Nov:  29(4):302-7(※2)出典:Sakai et al., Cost-effectiveness of gargling  for the prevention of upper respiratory tractinfections, BMC Health  Services Research, Dec2008.●参考文献:ジェニファー・アッカーマン著『かぜの科学 もっとも身近な病の生態』(ハヤカワNF文庫)