現在、大流行中のインフルエンザ。ものすごく身近で危険な存在だけに、ウイルスの“軍事利用”の噂も絶えない。

果たして、その最先端はどのようなことになっているのか? WHOの新興・再興感染症対策チームで国際的なインフルエンザ対策を担当した医師、村中璃子氏が解説する。

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昨年はエボラ出血熱がパンデミックになるのではないかと、人類が息をのみました。

しかし歴史上、世界中に広がって、たくさんの死者を出した病原体はインフルエンザウイルスだけ。第1次世界大戦中の1918年から終戦後の19年にかけてパンデミックを起こした「スペインかぜ」がその代表で、第1次大戦の戦闘による死者2000万人を上回る、2000万から5000万人の人が亡くなりました。

2009年の「新型インフルエンザ」のように、これまで人類がかかったことのないインフルエンザウイルスは、人類の誰も免疫を持っていないため、あっという間に広がります。

09年の流行株は、致死率がそう高くはない性質だったので、結果としては大きな問題になりませんでしたが、「強毒型」、かつヒトの間で流行しやすい株が出現すれば、多くの死者を出すのは間違いありません。

そういうウイルス株を見つけてばらまけば生物兵器としても使えるので、各国は常時いろんなインフルエンザウイルスを収集しています。それらの株をもとにいち早くワクチンや治療薬を開発し、テロや攻撃に備えるためです。

アメリカ国防総省が目をつけた薬

富士フイルムの薬「アビガン」は、日本では季節性インフルエンザには使えないが、新型インフルエンザ出現の際だけに使えるという異例の承認を受けている薬です。

実はバイオテロや新型インフルエンザのパンデミックを意識して、この薬に真っ先に目をつけたのはアメリカ国防総省でした。早くも2003年には、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)を通じ、富山化学工業(現・富士フイルムホールディングスの子会社)への接触を開始しています。

昨年、この薬がエボラ出血熱にも効果がありそうだということになり、アメリカの熱い息がこの薬にますますかかりつつあります。

このように、国家や人類の脅威ともなり得るインフルエンザウイルス! それでも、ワクチンを除いた、最強の予防手段は「手洗い」と「ウイルスを避ける」こと。パンデミックの際に外出禁止令が出されるのはそのためです。日頃の習慣で有事にも備えたい(!?)ものです。

村中璃子 MURANAKA RIKO医師・医療ライター。一橋大学社会学部・大学院卒。社会学修士。北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チームでは、主として国際レベル・地域レベルでのインフルエンザ対策を担当した

■週刊プレイボーイ5号(1月19日発売)「かなり間違いだらけなインフルエンザ予防法」より(本誌では、さらに知っておくべき基礎知識を詳説!)

●参考文献:ジェニファー・アッカーマン著『かぜの科学 もっとも身近な病の生態』(ハヤカワNF文庫)