判決を待つ市長の主任弁護人・郷原信郎氏に、ジャーナリストの江川紹子氏が聞く!

2013年6月の当選時に「全国最年少市長」として話題になった藤井浩人(ひろと)・岐阜県美濃加茂(みのかも)市長が、市議会議員時代に災害用浄水プラントの導入をめぐり、賄賂(わいろ)を受け取ったとして逮捕された事件の一審判決が、3月5日に名古屋地裁で出る。

藤井市長は一貫して容疑を否定しているが、名古屋地検は「賄賂を渡した」という浄水設備販売会社・中林正善(まさよし)社長の証言を頼りに起訴。

一方、市長の弁護団は、中林氏が合計約4億円もの融資詐欺を働いているのに、当初はそのうちごく一部しか起訴されなかったことから「詐欺の立件を最小限にする代わりに、本当は存在しない贈賄(ぞうわい)の供述が引き出されたのではないか」と、検察と中林氏との“ヤミ取引”を疑っており、裁判は全面対決となった。

全公判が終了し、判決を待つ市長の主任弁護人・郷原信郎(ごうはら・のぶお)氏に、ジャーナリストの江川紹子氏が聞いた。

■詐欺の大半を不問に付された贈賄証言者

江川 あらためて、事件の特徴を教えていただけますか。

郷原 若い清廉(せいれん)なイメージの市長が逮捕された、ということで騒がれましたが、そもそも収賄(しゅうわい)金額は30万円と、現役の首長に捜査機関が手を出すには異例なほど“せこい事件”です。

藤井市長はきっぱりと容疑を否定し、私に対しても、「もしお金をもらっていたらどうなるか」という仮定の話すら一度もしたことがない。その上、2回にわたるとされる“贈賄現場”に同席していたT氏も、お金の受け渡しを見ていないと言っている。そこを、検察側は最後まで崩せませんでした

江川 7回の公判で、5人の証人尋問と被告人質問が行なわれました。最重要証人は贈賄業者とされる中林氏。浄水プラントを設置するために、当時市議だった藤井氏に賄賂として計30万円を渡し、プラントに関して議会質問を行なうなどの便宜を図ってもらったと主張しています。

中林氏については、検察側の主尋問、反対側主尋問がそれぞれ1回ずつ行なわれたほか、第7回公判でも再度、尋問されました。要するに、争点は中林という人物の証言が信用できるか、という一点ですね。

中林は再度の証人尋問の前に保釈

郷原 そうです。そして、その中林がどれだけ検察に優遇されているかを、われわれ弁護団は示してきました。中林は10の金融機関から約4億円もの融資詐欺をしているのに、当初はわずか2件、2100万円分しか起訴されなかった。この金額なら、30万円の贈賄事件と合わせても、“捜査協力”をしたということで執行猶予もあり得る。実際に彼は、警察の留置場で知り合い、先に拘置所に移ったO氏に出した手紙の中で、執行猶予を期待する心情を吐露(とろ)しています。

そこで、われわれ弁護団が4000万円の融資詐欺について告発したところ、検察は遅まきながら追起訴しましたが、その後、さらに告発した5700万円分はなぜか不起訴。「嫌疑不十分」と言って…。客観的な証拠はあるし、中林本人が自白もしている。一体何が「不十分」なんでしょうね。弁護団は、さらに2億6000万円分の詐欺の追加告発も行ないました。

江川 なのに、検察がそれに対応しないまま、中林氏の詐欺罪と贈賄罪に関する裁判は結審してしまいました(*)

*1月16日、中林氏に詐欺罪と贈賄罪を合わせて懲役4年の実刑判決が出た。もし弁護団による追加告発が一切受理されなかったら執行猶予がついていた可能性も?

郷原 彼は、留置場の中で知り合った複数の人に対し、新たな“ビジネス”も持ちかけています。法廷では殊勝な態度を見せていましたが実際は反省しているどころか、同じような事件を引き起こす可能性がある。それなのに、再度の証人尋問の前に保釈になった。検察が保釈に反対しなかったからです。

江川 私もO氏と同様、留置場内で中林氏と知り合ったY氏に拘置所で直接話を聞きました。中林氏からは、かなりスケールの大きな商売の話を聞かされ、「2000万円くらい簡単に引き出せる」と誘われたそうです。そんな中林氏の浄水プラントに関する説明を、若くて人を信じやすい藤井氏が信頼してしまい、事件に巻き込まれたという構図でしょうか?

郷原 ただね、中林には銀行員ですら軒並みだまされているんですよ。それが詐欺師というもの。藤井さんを責めるのは酷というものでしょう。それに、藤井さんが中林と会っているのは市長になる前の市議時代。民間企業の技術やアイデアを市政に生かしていければと、いろんな人たちに会ったうちのひとりが中林だったんです。

供述は連日連夜、検事との打ち合わせで「作られた」

■検事と詐欺師が連日打ち合わせをした

江川 中林氏の浄水器ビジネスは、雨水を学校のプールにためて濾過(ろか)し、災害時に生活用水として利用するという大がかりなものですが、機器のレンタル料は毎月数万円。そもそも設置費用の回収に時間がかかりすぎ、ビジネスモデルとして成り立たないんじゃないかと思うのですが。

郷原 成り立たないですよ。この浄水器ビジネスは、金融機関から金をだまし取るための仕掛けにすぎなかったのでしょう。彼の融資詐欺の手口は実に巧妙で手が込んでいます。ネットの印鑑業者を使って公印を偽造し、自治体とレンタル契約があるかのように装って契約書を偽造。さらに、ネットバンキングを使うことで、自治体からレンタル料の振り込みがあったかのような偽装までしていました。

美濃加茂市で熱心に売り込んだのは、ビジネスを本当らしく見せるために、設置例をつくりたかったからでしょう。美濃加茂市は、1校に設置して無料の実証試験を行なうことは応じましたが、費用が伴う契約は一切していません。なのに、中林は8つの小中学校に設置するレンタル契約を結んだかのように偽装し、金融機関から4000万円をだまし取っています。

江川 詐取(さしゅ)された融資のなかには、信用保証協会の保証がついたものもあった。銀行の被害をカバーするのに、公金も使われることになります。

郷原 こういう悪質なものを、ごく一部の起訴で済ませるなんて、通常では考えられない。中林に供述を維持させるためにはなんでもやる、という検察の意図を感じました。もし彼の供述が途中でひっくり返ったら、もう何も証拠がないわけですからね。

中林証言の前に、検察は連日連夜にわたり、彼と入念な打ち合わせを行なっています。それだけではありません。最後に彼が公判に呼ばれたのは、検察側ではなく、弁護側請求の証人だったのに、彼は弁護側が事前に会って証言内容を確認することを拒否した一方、検察官とは何度も打ち合わせを重ねていました。

江川 そもそも、この中林氏の供述がどのような経緯で出てきて、今のような内容になったのか。検察は、藤井氏の取り調べは録音・録画をしたようですが、中林氏の取り調べを可視化したという話は聞きません。検察側は、供述の経過が自然で内容も一貫しているといいますが、それは第三者にはわからない。

郷原 中林供述は、検事の取り調べや証人尋問の打ち合わせのなかで「作られた」ものです。連日、朝から晩まで打ち合わせをしていたことは中林本人も認めているし、彼が知人に出した手紙の内容からも明らかです。

贈収賄事件は供述が重要で、特に本件のように金額が少なく金の流れを裏づける証拠もない場合は、供述がほとんど唯一の証拠です。ならば、供述経過を客観的に録音や録画によって記録化し、疑問が呈せられたときには「こんなふうに自然に出ています」と示せばいい。でも、検察はそれを何もやっていない。

後編 http://wpb.shueisha.co.jp/2015/02/03/42908/

(撮影/井上太郎[対談])

●郷原信郎(ごうはら・のぶお)東京大学理学部卒業。検察官として東京地検特捜部、長崎地検次席検事、東京高検検事、法務省法務総合研究所総括研究官兼教官などを歴任。200 6年に退官、弁護士として郷原総合コンプライアンス法律事務所の代表を務める。著書に『検察の正義』(ちくま新書)など

●江川紹子(えがわ・しょうこ)早稲田大学政治経済学部卒業。神奈川新聞社会部記者を経てフリージャーナリストに。司法・冤罪、新宗教、教育、報道などの問題に取り組む。最新刊は聞き手・構成を務めた『私は負けない「郵便不正事件」はこうして作られた』(村木厚子著・中央公論新社)