税金がほとんどかからず、平和で雇用も安定。そんな夢のような国家が東南アジアにあります。一体、どんな国家運営が行なわれているのでしょう。

ISIS(イスラム国)の出現により、非イスラム圏における対イスラム感情の悪化が懸念されています。そんな今こそ、世界には約16億人のムスリムがいて、イスラム教を国教とする国家や、その社会も様々だという前提を思い起こすべきでしょう。

なかでも独特なのは、東南アジアのブルネイです。1984年にイギリスから独立し、現在も英連邦の一員であるこの小国は、熱帯のボルネオ島北部に位置し、人口約40万人、国土は約5700km2。三重県くらいのスケールです。ぼくは先日、この国を訪れたのですが、街で人々に自国の印象を尋ねると、穏やかな表情で「静かで平和だ」と口々に言います。

ブルネイは石油や天然ガスの埋蔵量が豊富で、エネルギー資源の輸出で国家予算のかなりの割合をカバーできる。国民は所得税も消費税もゼロで、教育や医療もタダ。国民の7割がなんらかの形で政府に関わる仕事に就き、貧困層はほとんどおらず、犯罪率も極めて低い。これで不満があるというなら、逆に教えてほしいくらいですが、彼らは「娯楽がなく退屈。酒も飲めないし」と漏らします。ボート漕(こ)ぎで稼ぐ若い男性は「土曜日の夜にマレーシアへ行って、酒を飲み明かして朝帰りする」と言っていました。

ちなみに、ブルネイ国民のおよそ10%は中国系。中華レストランや中国語の看板、表記が至る所にあり、中国語の新聞も発行されていました。とはいえ、ブルネイ国民になるのは決して簡単ではなく、ある中国系3世の女性いわく、たとえ3世でもブルネイの歴史や文化、公用語であるマレー語の筆記試験に合格しなければ国籍を得られないそうです。

一方、この国には約10万人(人口の約4分の1)の外国人が住んでいます。人数の多いフィリピン人やインドネシア人は飲食やホテルなどサービス業に従事し、マレーシア人やインド人は医者やエンジニアなどの専門職が多い。彼らに「ブルネイはどう?」と聞くと、誰もが「平和で子供を育てるには最高だ。退屈だけど」と苦笑いを浮かべます。外国人は教育も医療もタダではありませんが、それでも居心地がいいのです。

多様性に富み、どこからどう見ても平和な国家ですが、実はそんなブルネイにも“3つのタブー”が存在します。それは、「政治」「王族」「財政」です。

ブルネイには国政選挙がなく、国王が首相を兼任する“絶対王政”。政治制度や王族を公に批判することはできません。財政にしても、政府は最大の国家収入源である石油の埋蔵量を公表していない。あと30年はもつらしいという“通説”はあるようですが、これだけ大事なことが知らされていないというのは驚きです。

反発が起きない理由はやはりお金?

では、なぜ国民から反発が出ないのか。それは「生活が安定しているから」だそうです。生きていく上で特に問題がない以上、わざわざ労力を使って批判する気も起きないのでしょう。昨年来の原油価格下落は、ベネズエラなど産油国の財政を直撃していますが、ブルネイのある銀行マンはこう解説してくれました。

「わが政府は、原油価格が1バレル60ドルで国家運営できるように予算を組んでいる。原油高の時期に余剰金を大量にプールしているので、現在の価格が厳しくても問題なく国民へのサービス水準を保つことができる」

この堅実な財政運営は、借金をよしとしないという意味でとても“イスラム的”。国の規模に対して資源量が圧倒的に多いからこそ可能なことではありますが、財政難に苦しむ多くの先進国とはあまりに対照的です。

イスラム国家といってもその実態や特色はさまざま。それでも一緒くたに語ろうとするなら、その理由を逆に教えて!!

●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。201 2年8月、約10 年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/