ロシアから立て続けに届いた物騒な発言が各国を震撼させている。

15日に放送された国営テレビでプーチン大統領が、1年前にウクライナからクリミアを併合した際、欧米からの妨害を想定し「核兵器を臨戦態勢に置く準備があった」と明かし世界中が戦慄。さらに、23日にはワーニン駐デンマーク大使が、北大西洋条約機構(NATO)のミサイル防衛計画にデンマークが参加した場合、「ロシアの核ミサイルの標的となる」と恫喝(どうかつ)したのである。

この短期間に二度も「核」を持ち出すのは穏やかではない。はたして、プーチンの狙いは?

日本人として初めて、ロシアの外交官とFSB(元KGB)を専門に養成するロシア外務省付属「モスクワ国際関係大学」を卒業した、モスクワ在住の国際関係アナリスト・北野幸伯(よしのり)氏に解説してもらった。

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こういう、一見わけのわからない過激な発言が出てきた時は「相手側」(つまりロシア側)の立場になって考えることが大事です。つまり、「プーチンはクレイジーな独裁者だ!」のひと言で済ませず、考えてみる。善悪は別として、ロシア側にはロシア側の論理が一応存在するからです。

それはなんでしょうか? 多くの人は「ロシアは隣の小国ウクライナをいじめている」と考えているのでは? もちろん、その通りなのですが(笑)。

しかし、ロシア側の意識は全然違って、「私たちこそ、いじめられっ子だ!」と思っているのです。

これはジョークではありません。私の近所の知人たちも皆、そう言っています。ロシアが「いじめられっ子」と主張するのなら当然、「いじめっ子」が存在するはずです。それは誰なのか?

すぐにわかった人もいるでしょう。そう、「いじめっ子はアメリカ」です。なぜ? 少し歴史をさかのぼってみます。

ロシアは「だまされた」と怒っている

1991年まで、世界にはふたつの超大国が存在していました。アメリカと、(ロシアを中心とする)ソ連です。欧州の西半分はアメリカが、東半分はソ連がそれぞれ実質支配下に置いていた。

そして、アメリカの反ソ連軍事ブロック「北大西洋条約機構」(NATO)と、ソ連の反米軍事ブロック「ワルシャワ条約機構」が対峙していました。「ワルシャワ条約機構」は、ソ連が崩壊したのと同じ91年に解散になっています。

冷戦が終結し米ソ関係が良好になっていく中で、アメリカはソ連に約束します。「今後、NATOを東に拡大していくことはありません。安心してください」と。ところが実際は、そうはならなかった。いまや反ロシア軍事ブロックとなったNATOは、どんどん東に拡大しているのです。

99年、かつてロシア(ソ連)の同盟国だった東欧のポーランド、チェコ、ハンガリーが加盟。2004年には、かつてソ連の一部(ロシア人の意識では自国の一部)だったエストニア、ラトビア、リトアニアが加わりました。そして現在、冷戦終結時に16ヵ国だったNATO加盟国は、なんと28ヵ国にもなっている。ロシア人は「アメリカはNATOを決して拡大しないと言ったのにだまされた!」と非常に憤っているのです。

この状況、ちょっと日本人には想像しにくいですよね。しかし、たとえば中国が全アジア諸国を「反日軍事ブロックに入れちゃった」状況を想像してみてください。怖いですよね?

もちろん、ロシアも怖がっているし、「いじめられている」と思っているわけです。

もっと最近の話をしましょう。

「ロシア封じ込め」を目指すアメリカは、さらなるNATO拡大を目指していて、次に加盟させたいのがウクライナとグルジア。両国ともロシアの隣国で旧ソ連国です。つまり、ロシア人の意識では「もともと自国領だったところ」。これをアメリカはNATOに入れようとしている。そして欧州はこれらの国々をEUに入れようとしている。

要するに、ロシアの影響圏から離脱させ、「反ロシア陣営」に入れようとしているわけです。隣国が「反ロシア軍事ブロック」に入るのは、ものすごい脅威です。もちろん、ロシアは加盟を阻止したい。こういう背景を頭に入れて読み進めてください。

クリミア併合の本当の理由とは?

2014年2月、ウクライナで革命が起こり、親ロシアのヤヌコビッチ政権が倒れました。そして、親欧米反ロの新政権は「クリミアからロシア黒海艦隊を追い出し、そこにNATO軍を入れる」方針を示した。ウクライナ新政権はクリミアという超重要な軍事拠点をロシアから奪い、それを敵であるNATO軍に渡そうとしている。

「これは大いなる脅威である!」ということで、プーチンは「クリミア併合」を決断したのです。

日本人の感覚では「ウクライナを分断するとは、ロシアはなんてひどいことをするんだ!」と思うでしょうし、その通りなんですが、ロシア側の論理はそういうことなのです。ロシアがクリミアを併合すると「俺たちもロシアに入れてくれ!」という人たちが出てきました。

それが今、ウクライナ政府と戦っているドネツク州、ルガンスク州です。このふたつの州はウクライナ東部にあり、ロシアに隣接している。そして両州ともロシア系の住民が多いのです。

ドネツク州とルガンスク州は14年4月、ウクライナからの独立を宣言。ウクライナ新政府は当然これを認めず、内戦が勃発しました。激しい戦闘が続きましたが、9月に停戦。それが破られ、今年2月に二度目の停戦が実現しています。いつまで平和が続くかわかりませんが…。

ウクライナとドネツク州、ルガンスク州(いわゆる親ロシア派)の停戦を仲介したのはロシア、ドイツ、フランスの首脳です。欧米からの経済制裁で相当苦しんでいるロシアが和平を望むのはわかります。しかし、ドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領は、なぜ停戦の仲介をしたのか?

ここでも黒幕はやはり、「いじめっ子」アメリカなのです。

アメリカは「ウクライナ軍に殺傷能力のある武器をどんどん与えよう」と主張している。そうなると、ウクライナ軍は強くなるでしょう。当然、ロシアも親ロシア派に武器を提供する。…結果、戦いはどんどんエスカレートしていく。ドイツとフランスは「ウクライナの戦争がエスカレートすれば、結局、NATO軍対ロシアの戦争に発展するのではないか?」と恐れたわけです。

その戦場になるのは、アメリカではなく欧州です。「また第一次大戦、第二次大戦の悲劇が繰り返されるのではないか?」と怖くなり、急いで停戦に動いた。

停戦合意は2月11日に実現しましたが、メルケルさんは直前に訪米し、好戦的なオバマをなだめようとしました。

アメリカは戦争を望んでいる!

ところが、アメリカの反応は、以下のようなものだったのです。

ウクライナ政府軍に武器供与検討 米大統領、独首相に(毎日新聞 2月10日(火)11時37分配信【ワシントン和田浩明】) オバマ米大統領は9日、ホワイトハウスでドイツのメルケル首相と会談した後に共同記者会見し、ウクライナ東部で支配地域を広げる親ロシア派武装勢力に対する政府軍の防衛力強化を支援するため、殺傷能力のある武器の供与を検討中だと明言した。〉

これでロシアは「アメリカは停戦ではなく戦争を望んでいる」と認識しました。

その後もアメリカはウクライナ軍への資金・武器提供、軍事顧問の派遣など戦いをエスカレートする方向で動いている。それが今回の「核発言」につながっているわけです。

つまり、「おまえたち(NATO)は戦争を望んでいるようだが、我々と戦争になれば、生き残ることはできないぞ!」と、ロシアは喧嘩上等の姿勢をとらざるを得ない。

日本の首相がこんなことをいえば、マスコミが大バッシングを始めるでしょう。しかし、ロシア国民は「わが国は現在、アメリカの手下ウクライナと戦争中」という意識ですから反発はありませんでした。デンマーク大使の発言は「プーチンが直接指示した」とは思いませんが、大使は「脅しても問題にならない」と確信していたのでしょう。

では、実際に「核戦争」は起こるのでしょうか?

米国科学者連盟のデータによると、アメリカの核弾頭保有数は2014年時点で、7315発。これに対し、ロシアはそれを上回る8千発ーー。つまり、米ロの核戦争になれば「人類は破滅する」ということ。もちろん、核戦争は起こらないでしょう。

しかし、通常兵器による戦争は十分あり得るので、モスクワ在住の私も心穏やかではないのです…。

■北野幸伯(きたの・よしのり)国際関係アナリスト。1970年生まれ。ロシアの外交官とFSB(元KGB)を専門に養成するロシア外務省付属「モスクワ国際関係大学」(MGIMO)を日本人として初めて卒業。政治学修士。卒業と同時にロシア・カルムイキヤ自治共和国の大統領顧問に就任。99年より無料メールマガジン「ロシア政治経済ジャーナル」を創刊。MGIMOで培った独自の視点と経験を活かし、従来とは全く違った手法で世界を分析する国際関係アナリストとして活躍中。ロシア・モスクワ在住

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