TPP交渉の早期合意に向け、安倍政権が攻勢をかけているのが「TPP反対」の最大勢力である全国農業協同組合中央会(以下、全中)の改革だ。

東京大学農学部大学院の鈴木宣弘教授はこう語る。

「TPPと農協改革は表裏一体の関係。政府は表向き『各地域の農協の自由度を高めて農協の販売力を強化し、農家の所得向上を図る』などと言っていますが、本当の狙いは一貫してTPP反対を訴えている農協を弱体化し結束力を奪うことです。そのために官邸は全中に対して『地域農協への監査権を手放す』か『農協の准組合員制度を廃止する』かという究極の二者択一を迫りました」

農協の准組合員制度とは、農業従事者以外でも各JAが定めた規定の出資金を払えば「准組合員」として組合に加入し、JAのサービスを正組合員と同じように利用できるというもの。

「今、農協の加入者全体に占める准組合員の割合は全体の半数を超えています。ここに手を入れられたら特に地方団体は立ち行かなくなってしまう。ですから、全中には監査権を放棄する以外に選択肢は残されていない。そうして農協の結束力を弱めることでTPP反対の政治的な影響力を奪おうとしているのです」

「農協改革」にはそれ以外にも目的があるという。鈴木教授が続ける。

「今回は『先送り』されたことになっていますが、准組合員制度の廃止も必ず迫られると見ています。かつての郵政改革の本当の目的が『郵貯マネー』の強奪であったように、農協解体が狙う本丸も総額140兆円にも及ぶJAマネーを国際的な金融・保険市場に明け渡すことにあるからです。

実際、JAバンクやJA共済が抱える『JAマネー』は日米金融・保険業界が『のどから手が出るほど』欲しい領域。仮に准組合員制度が廃止され、その人たちの資金が切り離されたら営農指導などの非営利(本来、赤字になる)部門を持つ個々のJAは存立できず、それぞれの事業も単独では成立し得ないでしょう。

何より一番困るのは、預金や共済を解約させられたり、頼りにしていた農協のサービスを受けられなくなる地域住民で、儲かるのは市場を奪う人たちです」

全中改革、もうひとつの目的

そして、もうひとつの目的は全国農業協同組合連合会(以下、全農)の「株式会社化」だという。

「これは、これまで農協が行なってきた農産物の共同販売や肥料・農薬の共同購入を切り崩し、農産物を買い叩いたり資材を吊り上げて売ったりしたい企業の思惑に加え、日本の消費者が強く懸念している遺伝子組み換え作物の輸入増加を狙ったもの。

現在、全農の子会社がアメリカで遺伝子組み換え作物の分別集荷を行なっているのも潰したいわけです。

このように、目障りな全農も株式会社化してしまえば買収も可能になります。カーギルなどの穀物メジャーが全農を買収し自分たちの意のままに操れるようにする可能性も指摘されている。

実際、オーストラリアで小麦の輸出を独占していた現地の農協のような組織は、株式会社化の直後にカナダの肥料会社に買収され、その2週間後にはカーギルに転売されてしまいました」

TPP交渉で日米両国に「政治的な」締め切りが近づく中、今後アメリカやその背後にいる多国籍企業の圧力によって日本がさらなる譲歩を強いられる可能性は高い。

だが、アメリカに言われるままに日本の「食」や長年それを支えてきた「環境」を国際市場に売り飛ばした先に一体何が残るのだろうか? それは本当に国益につながり、日本人の暮らしを豊かにするのだろうか?

ちなみに現在、農林水産省で農協改革の旗を振る奥原正明経営局長は「日米合同委員会」の日本側代表代理を務める5人の官僚のひとりだ。同委員会は日米外交の核心を握る“裏チャンネル”といわれている。

彼の視線が日本ではなく、アメリカのほうを向いていないことをただただ祈るばかりだ…。

(取材・文/川喜田 研)