昨年、アメリカで1本の軍事レポートが発表された。米海軍の対中国戦略について警鐘を鳴らすこの報告は、米国防省関係筋で大きな話題となった。

そのレポート名は『COMMANDING THE SEAS』。ワシントンの国防系シンクタンク「CSBA」の上席研究員、ブライアン・クラーク氏が執筆。急速な軍備拡張を行なう中国に対抗して、米海軍もミサイル迎撃システムを強化すべしと提言したものだ。

もしこの宣言どおりにいけば、自衛隊はこれまでどおり米海軍を頼ることができる。しかし、現実はそう甘くない。

軍事費の削減が続くアメリカにおいて、中東やウクライナよりも緊急度の低い対中国戦略に多くの予算が投じられる可能性は決して高くないからだ。実際、イスラム国やロシアの脅威に手いっぱいのアメリカは「日本の自衛隊に期待する」と米海軍艦隊司令官が発言するなど引き気味…。(関連記事はこちら→http://wpb.shueisha.co.jp/2015/03/25/45567/

在米の国防戦略コンサルタント・北村淳氏が指摘する。

「現状のまま中国側の戦力がさらに増大し、日米艦隊を凌駕(りょうが)していった場合、自衛隊に最前線をおっつけて、太平洋の東方へ“戦略的後退”をしていくシナリオも浮上するでしょう。アウトレンジに撤退して無駄な損害を避けるのは米軍の基本ですから」

前述した、今年1月末の米海軍第7艦隊のトーマス司令官がロイター通信に語ったコメントが以下だ。

「将来的に自衛隊が南シナ海で活動することは理にかなっている。南シナ海の同盟国、盟友国はますます日本に期待するようになるだろう」

すでに米軍の“戦略的後退”が始まっている…というのは、考えすぎともいえないはず。軍事ジャーナリストの古是三春(ふるぜみつはる)氏が語る。

「戦略というのは双方の戦力バランスで決まります。アメリカが『下がる』以上、勢いに乗る中国が『出る』のは必然。日本はそう覚悟すべきです。中国のミサイル戦力は、もう“ゲーム”を始められるほどに充実していますから」

ミサイルの雨あられが降り注ぐ対中最前線に自衛隊が取り残される――。考えたくはないが、仮にそんな状況下で日中間に不測の事態が生じたら?

日中間に不測の事態が生じた場合

その場合、自衛隊が最前線の“消耗部隊”となり、そこを中国軍が突破した後、初めて米軍が登場…ということが想定される。当然、自衛隊の被害は甚大だ。そう考えると、もし自衛隊が“矢面”に立たされるのなら現状の装備のままでは明らかに無理がある。

「まずは800基ほどのトマホークミサイルを手に入れて、海自艦艇に搭載。対艦・対地攻撃能力をつけ、中国側が『反撃を恐れて攻撃を躊躇(ちゅうちょ)する』という状況をつくらなければなりません。

さらに、日本列島各地に地上発射型長距離巡航ミサイル部隊を分散配置し中国を攻撃するというオプションも持つ必要があるでしょう。米軍の持つトマホークの射程では日本本土から北京や広東を攻撃することはできない。中国側がこのレベルのミサイルを保有する以上、戦略的には同等のミサイルを開発するしかありません」(前出・北村氏)

中国は今年度も国防予算を10%増やし、ゴリ押しの海洋戦略を続ける。たとえミサイル攻撃が実際に行なわれなくとも相対的に日米同盟の力が下がれば、どんどん東側へ支配海域を広げていく。するとますます米軍は後退し、いつの間にか日本列島は中国海軍の勢力圏内にスッポリ収まる――。そんなシナリオは十分に考えられるのだ。

「中国の支配層――共産党と軍の高級官僚集団及びそこに癒着する超富裕層は、国内外からブレーキがかからない限り、権益を得られる海域、領域の拡大に走り続ける。アメリカがバックにいるから日本は安全だという理屈は、日米同盟の力が盛り返してこない限り意味を持ちません」(前出・古是氏)

日本列島は今さら中国という存在から逃れることはできない。

(取材・文/小峯隆生)