レンジャースのダルビッシュ有投手(以下、ダル)がひじの靭帯帯損傷で、今期の試合出場が絶望的となった。

以前には2012年当時、メッツにいた松坂大輔投手とカブスの和田毅(つよし)投手、2013年にはこちらもカブスの藤川球児投手、そして昨年はヤンキースの田中将大投手が、いずれもひじのケガで長期離脱や手術を余儀(よぎ)なくされている。

メジャーでの日本人選手の相次ぐ怪我については様々な論議を呼んでいるが、ここにきて宇宙飛行士の向井千秋氏の夫で病理学者の向井万起夫(まきお)氏が書いたコラムが注目されている。マンガ『宇宙兄弟』(講談社)に出てくる茄子田(なすだ)理事長のモチーフとしても有名な同氏だが、実は大のメジャーリーグファン。その縁で、朝日新聞の夕刊面に「大リーグが大好き!」という長期連載コラムを不定期で持っている。

そしてなんと、そこで向井氏は今回のダルの怪我を”予言”していたのだ。

「ダルビッシュは先発投手なのに、いつもセットポジションで投げる。(中略)投球では身体の縦回転と横回転がきちんとバランスよく行われることが大事だが、これをセットポジションから行うことも可能。でも、何度も長い時間にわたってやっていると身体のどこかに大きな負担がかかって故障する可能性が高くなる。(中略)ダルビッシュの場合は、試合の後半になると下半身(特に右脚)の軸の動きが不安定になっている(と私には見える)。(中略)一昨年の坐骨神経痛も昨年の右ひじ炎症も、この投法が原因なのではないか(と私は思う)。」(1月21日付朝日新聞夕刊『大リーグが大好き 続・袋叩きにあうのは覚悟』より)

随所に挿入されている「(と私には見える・思う)」という遠慮めいた言葉に、向井氏の専門家ではないことへの謙遜が見て取れる。が、このコラムが掲載された後の3月5日、実際にダルはオープン戦で右ひじの違和感を訴え、途中降板。長期離脱となってしまった。

向井氏は自身でも遠慮気味に指摘しているが、本人はプレイヤーの動作における軸のブレなどが“視える”のだという。またその故障説の原因であるフォームをプロの指導者たちが指摘しないことへの疑問も呈しているのだ。

この”向井説”、無視されるものでもなく本当なら専門家たちも赤っ恥? というわけで、プロの目から見るとどうなのだろうか。

向井説をプロが一刀両断?

「もちろん(指摘が)合っている部分もある」と前置きした上で語るのは、元横浜ベイスターズ(現DeNAベイスターズ)の投手で野球解説者の野村弘樹氏だ。

「一般的にセットポジションの方が余計な動作が少ないのでコントロールが安定します。しかし(向井氏の)ご指摘の通り、身体全体への負担は大きい。対して、振りかぶって投げる方は身体全体の勢いを使えるので球速が増します。ですが、腕の振りも早くなるのでひじや肩にはより負担がかかりますよ。どちらも身体に負担はかかるし、問題点はあるわけです」

つまり、投げ方に関してどちらが正解とは言いにくいようだ。

「最近、日本ハムの大谷投手が振りかぶるのをやめて、セットから投げるようにしてますよね。このように選手は、その時々のコンディションで投げやすさを探すものです。また、ケガをしないことばかりを優先してパフォーマンスが下がってしまっては本末転倒な気がします」

ピッチャーが優先すべきは球速やコントロール、変化球など様々。当然、選手もコーチも個々にバランスや優先されるべきものを取捨選択しているというわけだ。それらを追求することで起こるケガは避けられないのかも?

ちなみに向井氏は、昨年右ひじをケガし、復帰後はヤンキースの開幕投手にも決まっている田中将大投手へも「また故障する可能性が高い」と大胆“予言”を行なっている。

「ちなみに、田中には珍しい特徴がある。毎イニングのプレー開始直前の投球練習では理想的なフォームで投げている(と私には見える)ことが多い。プレー開始前と後でこれほど根本的に違う投手は珍しいと思う。で、私なら田中にこうアドバイスしたい。“プレー開始後も投球練習の時と同じフォームで投げることを心掛け、力を増すだけにした方が断然イイ”」(1月28日付 朝日新聞夕刊『大リーグが大好き 続・袋叩きにあうのは覚悟』より)

愛ある提言は歓迎すべき!

これについても前出の野村氏は「投球練習とプレー中はまったく別。自然と身体に力が入り、腕の振りも早くなる。身体全体の重心も低くなるわけです。投球練習を意識していては、プロとして通用しないですよね。確かにそれならケガはしないでしょう。しかしダルと同様、もしくはそれ以上にパフォーマンスは低下します。相手打者が高校球児ならいいでしょうが、プロ相手には難しいアドバイスですね…」

そして、一連の向井氏のダル・田中へのアドバイスについて、こう総括する。

「ケガをしないということが第一優先であるならいずれも間違っていません。しかし、速い球をコントロールよく投げたいというプロ野球の投手として最も大切にすべき観点には通用しない指摘なのではないでしょうか」

しかし、野村氏は“向井説”をこのように歓迎もしている。

「プロ野球界には今回のような医学的な指摘ができる人が少ないですよ。このコラムを読んで私自身、勉強になりました」

この向井氏コラムでは、サブタイトルを「袋叩きにあうのは覚悟」と銘打っている通り、メジャーリーグ、ひいては野球界が少しでも盛り上がるためにあえて提言している、愛あるもの。

日本のファン誰しもが望むのはもちろん選手たちの活躍だ。日本人メジャーリーガーには向井、野村両氏の言葉も取り入れてもらいつつ、“ケガをしない、最高のパフォーマンス”で日本を元気にしてもらいたい。

(取材・文/『週プレNEWS』班)