交渉に参加している国12ヵ国に課された「厳しい守秘義務」によって、具体的な中身は一切明らかにされないまま水面下で交渉が続くTPP(環太平洋パートナーシップ)協定

メディアはもちろん、その内容に直接関連する業界団体関係者や各国の国会議員にすら「極秘」なのだが、ところが今アメリカでは国会議員に対してTPP交渉の内容が全面的に開示され、議員なら誰でも文書を閲覧できるようになっているという。

「極秘」とされているはずの交渉内容が、なぜアメリカの議員にだけ「全面開示」で、日本の議員には公開されないのか? そのウラ事情を探った。

■交渉内容を開示してオバマが得たいもの

3月18日、アメリカ通商代表部(以下、USTR)のマイケル・フロマン代表がTPPの交渉内容を自国の国会議員に対して全面開示する方針を明らかにした。

USTRのホームページによれば、アメリカの国会議員は交渉に関するすべての文書はもちろん、今後アメリカが提案する内容についてもチェックできるようになるのだという。

これまで「秘密交渉」が原則といわれていたTPP。なぜ、アメリカは議会への情報開示に踏み切ったのか?

「USTRの狙いは、議会が貿易交渉の権限を大統領に委ねるTPA(大統領貿易促進権限)の取得です。情報開示に踏み切り、議会からTPAの同意を得たいのです。TPP早期妥結を図りたいアメリカ政府がそれだけ追い詰められているともいえます」

そう語るのはTPP交渉をウオッチし続けているアジア太平洋資料センター(PARC)の内田聖子(しょうこ)事務局長だ。

秘密交渉になったのはアメリカの強い意向

「アメリカの議員はこれまで自分に関係のある分野に限定して、交渉内容の要約を見ることしか許されませんでした。それもUSTRの部屋に招き入れられ、持ち出し禁止の条件をつけられていました。

それでも、何も知らされていない日本の国会議員に比べればマシだったわけですが、今回はアメリカの全議員がTPP交渉に関する文書を全面的に閲覧できるというのですから私も驚きました。

TPP交渉は今、オバマ大統領が議会からTPAを取得できていないために暗礁に乗り上げています。秘密交渉に不満を持つ議会に対して情報を開示し、TPA取得のための突破口にしたいというのがUSTRの本音でしょう」(内田氏)

なるほど、開示に踏み切ったアメリカ政府の事情はわかった。でも、なぜアメリカだけが自国の都合で開示できたのか? 内田氏が続ける。

「そもそもTPPが秘密交渉になったのはアメリカの強い意向があったからです。その結果、各国には厳しい守秘義務が課されてきました。しかも、その守秘義務契約の中身も秘密ですから一体どこまでが秘密なのかすら外部からはわからない…。

私もてっきり『交渉官は自国の国会議員にも交渉内容を明かしてはならない』と契約に明記してあると思っていたのですが、実際にはそうした規定はされていなかったということなのでしょうか。

ただし、それならば日本の国会議員にも開示されなければおかしい、という疑問が出てくることになります」

アメリカと日本では守秘義務契約が違った?

実際、3月30日の参議院予算委員会では社民党の福島瑞穂(みずほ)議員が甘利明(あまり・あきら)TPP担当大臣を追及。大臣は次のように答弁している。

「アメリカ政府も条約上の守秘義務を他国にきつく言っているところでありますから、すべて公表しますということが本当にそのまま通るとはなかなか額面どおり理解できない」

しかし、USTRはホームページ上で「TPP交渉の文書を全面開示する」と発表している。もしこれで「額面どおりに」に全面開示しなかったらアメリカ議会が黙っちゃいないだろう。

さらに甘利大臣は「当然、アメリカと日本の秘密保持義務のかかり方も違ってくると思いますから」とも発言。コレって…。

「もしかすると、アメリカと日本ではTPPの守秘義務契約が違ったのではと私は考えています」(内田氏)

つまり、TPP交渉の前提条件である「守秘義務」の部分で、日米間では不平等な契約が交わされていた可能性が否定できないのだ。

ちなみに内田氏によれば、日本とアメリカでは貿易交渉の権限に関して異なる部分があるという。合衆国憲法においては本来、権限は議会にある。一方、日本は交渉の権限を持つのは政府なのだ。

しかし、たとえ日米間で権限の持ち主が違っていたとしても、一方の国の議員だけ交渉内容を見られ、もう一方ではまったく見られない、そんな環境で進む交渉が果たしてマトモな交渉と呼べるだろうか? 日本政府はまずアメリカと同条件での開示をすべきだ。

日本から収奪できる自信と目算がある

■日本から収奪できる自信と目算がある

ところで、アメリカではオバマとUSTRのシナリオとは逆に、交渉の中身を知った議会から「TPP反対」の声が上がり、オバマが熱望するTPA取得の障害になる、という心配はないのだろうか?

「その可能性はありますが、USTRはここで一気に勝負に出たのだと思います。アメリカの描くシナリオは、今回の情報開示で議会からTPAの承認を得て、一気に日米交渉を妥結させること。後はその勢いで年内の包括合意にもっていけると考えているのでしょう。

もちろん、まだ意見の対立があるマレーシアやカナダなどいくつかの国が最終的にTPPからの離脱を決断する可能性もありますが、日本さえ巻き込めれば、それでも構わないというのがアメリカの本音のはず。

現実問題として、TPP交渉に参加している国で貿易額が突出しているのは日米です。アメリカにとっては、日本の市場からいかに自分たちの利益を引き出せるかが何よりも重要なのです。

議会に交渉内容を開示し『日本の市場からこれだけの利益をアメリカに引っ張ってこられる』と示すことができれば、最終的には議会もTPPに賛成するだろう…という目算がフロマン代表にはあるのではないでしょうか」(内田氏)。

仮にこの目算が成り立つなら秘密のベールに包まれた日米TPP交渉の中身が、現実には誰の目にも明らかに「アメリカ有利」になっているとしか思えない。

虎視眈々(こしたんたん)と「日本市場」の収奪を狙うアメリカと、守秘義務の壁に阻まれ目隠しされた日本の国会議員。幕末の開国時と同じように、TPPという黒船来襲で日本はまた「不平等条約」に泣くコトになるのだろうか?

(取材・文/川喜田 研)