プロの選手である以上、今よりも条件のよいオファーが届いたら移籍すべきだ。そして、挑戦して結果を残せなかったら、さっさと元のチームに戻って、やり直せばいいだけ。何も恥じることはない。それが僕の基本的な考え方。でも、今回のケースに限っては慎重に判断すべきだ。

FC東京の武藤に、イングランドの強豪チェルシーから正式オファーが届いた。驚いたね。

問題はチェルシーの本気度。残念ながら、純粋な能力だけを評価してのオファーでないことは明白だ。

確かに、昨年からの武藤の躍進は素晴らしいよ。武器であるゴールに向かうスピードを最大限に生かし、得点を重ねている。本人も自信をつけているようで、プレーに勢いを感じる。

とはいえ、彼はまだ日本代表でレギュラーの座を奪ったわけではない。今のJリーグで見ても、プレースタイルは違うけど、同い年の宇佐美のほうがもっと活躍している。ドイツの下位チームやオランダ、スイスのチームならともかく、どうして世界的なスター選手を多数抱えるチェルシーがわざわざ武藤の獲得に動くのか。

すでに武藤は22歳。“青田買い”にしては中途半端な年齢だ。だいたい、彼らは武藤のプレーを一度でも生で見たことがあるのかな。

チェルシーは今年2月、日本の横浜ゴムと来季からの巨額スポンサー契約を結んだばかり。今季終了後には日本ツアーも検討しているそうだ。

また、7億円という移籍金も少なすぎる。日本のメディアは「Jリーガー史上最高額の移籍金」と騒いでいるけど、これまでチェルシーは“戦力”になると見込んだ選手には何十億円という移籍金を気前よく払って獲得している。それに比べると、武藤への7億円という評価はいかにも微妙だ。

長い目で見て本人のためになる契約は?

出場機会を考慮して、チェルシーからすぐにオランダなどのクラブにレンタルされるという噂もあるようだけど、22歳という年齢にもなって、どうして最初からレンタルありきの移籍をしなければいけないのか。やはり、マーケティング絡みのオファーだと考えるのが自然だよね。

もちろん、武藤は賢い選手だから、そうした背景もすべて理解した上で決断を悩んでいると思う。また、ビッグクラブのチェルシーからオファーを受ければ、誰でも心が揺れるのは当然。だから僕は彼の決断を尊重したいし、「行くな」と言うつもりはない。

もし今、彼にアドバイスをするならば、スポンサーや放映権などマーケティング面のしがらみがどの程度あるのかを吟味してほしい。具体的には、試合に出られなくても身動きが取りづらく、そうこうしているうちにさびつきがちな長期契約は見送るべき。“パンダ”になったら、彼のためにも日本サッカーのためにもならない。すぐに日本に戻れる1年契約ならありかなと思う。

でも、いくらFC東京とチェルシーじゃ年俸が全然違うといっても、1年間で一生分を稼げるわけじゃないだろうし、やはり純粋に実力だけを評価されて移籍するのがベスト。まずはJリーグで得点王になって、日本代表でもレギュラーの座を奪う。それからでも遅くない。誰が見ても実力を評価される形でのビッグクラブ移籍を目指したほうが、長い目で見て武藤本人のためになるんじゃないかな。

(構成/渡辺達也)