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最強フードファイター・小林尊が挑み続ける孤高の戦い「本当にプロと言えるのはアメリカでも僕しかいない」

[2015年05月05日]

小林さんのアメリカ初進出はそれ以前の2001年。ネイサンズというホットドッグチェーン店が毎年7月4日の独立記念日に開催する早食い大会で、前年度のチャンピオンの2倍、50本という新記録を出して優勝しました。

小林 当時のアメリカはキャラの立つ選手も多くて、だいたいニックネームがついているんですよ。僕はタケル“ザ・ツナミ”コバヤシだし、シカゴ出身の選手は地元のピザの名前に因(ちな)んでパット“ディープディッシュ”バルトレッティだったり。試合前にはウワーッと大見得(おおみえ)きってパフォーマンスしたり客も盛り上がってましたね。

—アメリカのスポーツは競技性とエンターテインメント性の両立に長(た)けてますよね。突出したものを認める文化もあるし。

小林 偏見よりも、結果で評価するところが結構ありますよね。単純にNO.1大好きな国民性だから(笑)。「あんな食った!スゲー!」みたいな考え方がシンプルなんです。

—フードファイトに必要な要素はなんですか?

小林 ベースとしては胃のキャパシティ、後はいろいろあるけどスピード、テクニックとか作戦ですね。脳みその勝負だと思ってます。

—普段の胃の容量は?

小林 5、6㍑あります。普通の人の3、4倍ですね。試合に向けて胃を大きくしていくわけですけど、12㍑の水を90秒で飲むトレーニングをしています。

—90秒で12㍑!?

小林 それができればどの大会にも対応できるというひとつの目安ですね。胃の容量を十分に大きくした後は、体に負担をかけないように休みを入れながら食べるテクニックの研究をしています。

***

ネイサンズのホットドッグ大会はスポーツ専門チャンネルESPNで放送されるなど最も権威ある大会で、小林は01年以降、6連覇を成し遂げ全米にその名を轟(とどろ)かせた。同時に、日本で再び『フードバトルクラブ』のような番組が復活するのを待っていたが、それは叶うことはなかった。

そして2010年、小林はニューヨークへ移住。ところがその直後、ネイサンズと袂(たもと)を分かつ。他の大会に出られないように独占契約を迫られたためだったーー。


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