今、低所得層を中心に親元を離れずに生活する30代が増えている。「出たくても出られない、檻のない牢獄」と揶揄(やゆ)される実家は、果たして本当に地獄なのか?

まず証言してくれたのは、三重県で派遣の製造業をしてい松尾俊則さん(仮名・39歳)。彼は40代を目前としながらも、低すぎる年収のために実家暮らしを余儀なくされているという。

―これまで実家を出ようと思ったことってないんですか?

松尾 もちろん、ひとり立ちしたいと思ったことはありますよ。ただ、金銭的に無理なんですよ。30歳までは正社員だったんですけど、リーマン・ショックでリストラされて。それからは派遣業を転々としてきました。配送や製造業の肉体労働系の仕事が多いんですが、まず稼げないですよねぇ。昨年の年収は230万円でしたし…。

―それだとひとり暮らしはキツイですね。正社員への転職を考えたりしたことは?

松尾 このままじゃダメだとは思いますけど、動けないんです。最近、正社員だと残業代なしで深夜まで働かされたりするっていうじゃないですか。ブラック企業でしたっけ、そこに当たるのが怖い。それに、正社員時代も含めて年収が300万円を超えたことがないから「結局、就職しても同じなんじゃないか」と思っている部分もあります。

―じゃあ、転職で失敗するより、とりあえず現状維持という。

松尾 もちろん、派遣の仕事だって居心地がいいわけじゃない。雇い止めがあるから、数ヵ月から数年ですぐに職場が変わってスキルアップなんてできないし、最近は年下の上司も増えてきて正直、やりづらいですし。

―でも、動けないんですね。

松尾 はい。もう39歳なので年齢的に転職は厳しいだろうなって、冷静に認識してもいて。

孤独死の最期が想像できます

―田舎社会って独特の閉塞感があるじゃないですか。両親や周囲の人たちは、この状況について何も言わないんですか?

松尾 これは都会の人にはわからないかもしれませんが、僕の田舎だと未婚男性が実家に残るのは常識なんです。35歳のいとこや50歳の叔父も自分と同じように実家暮らしですし。「長男は家を守るものだ」という考え方もまかり通っているので、実際、長男の僕はこのまま実家に住み続けると思います。

―ちょっと開き直ってます?

松尾 うーん、リストラされた当初は引け目もあったんですが、叔母から「今はどこも給料が安い。無理してひとり暮らしする必要もないんじゃない?」と言われて吹っ切れました。それに僕は日頃からお金をほとんど使わないから、実は給料が安くても不自由はないんですよね。

―欲がないんですね、全然。

松尾 家に帰れば食事があるわけだから、わざわざ高い金を払って外食をしようとも思わないし物欲もない。性欲も薄いから風俗も行かない。女性関係でいうと、20代の時に一度だけ付き合ったことがあるんですが、2ヵ月で別れたので深い仲には至りませんでした。

―仙人みたいですね、なんか。

松尾 最近は「生きてるだけでいいや」という気分で毎日を過ごしています。とはいえ、もちろん将来の不安はあります。

―聞いてもいいですか?

松尾 親が死んで、結婚もしないままひとりで生きていくことになったらどうしようって。でも、なんとなく想像できるんです、実家でひとり孤独死を迎えて「俺の人生、何もいいことなかったな」って涙を浮かべながら息を引き取る自分が。

―悲しすぎますよ、それ。

松尾 僕、何事も「もう一歩の勇気」が足りないんですよ。自立も転職も結婚も、若いうちに動いていたら、たぶん今と違う結果になったはずですから。かといって、何をするでもなく、日々ぼんやり生きてますが…。

株の投資で7千万の貯蓄も結婚は不安

一方で、高収入でありながら“30代実家暮らし”を続けている人もいる。東京都在住の小泉祐二さん(仮名・37歳)だ。

証券会社のSEで年収は1千万円オーバー、ルックスは柳葉敏郎似でモテそうな感じなのに、小泉さんはひとり立ちにも結婚にも興味ナシ。なぜなのか?

―正直、実家にいる理由が見当たらない気がしますが…。

小泉 むしろ実家を出る理由のほうが見つからないです。会社まで1時間の距離なのでアクセス的な不便もないし、親から出てけと言われることもないし。

―じゃあ、親と一緒に暮らす煩わしさは感じませんか?

小泉 そうですね。ただ、平日は朝7時に家を出て、帰りは終電っていう感じなので、朝のあいさつとか必要最低限のこと以外、まともに話す機会がないっていうのもありますけど。

―休日に話したりは?

小泉 二度寝して昼近くに起きて、親が作ったご飯を食べた後はずっと自室にこもって投資の勉強をしているので…。

―投資の勉強ですか。

小泉 10年以上前から個人で株の投資をやっていて、貯蓄が趣味みたいなものなんです。だからそれでいうと、僕が実家から出ない最大の理由は、効率的に貯蓄をするためですね。

―ちなみに現在の貯蓄額は?

小泉 7千万円ぐらいかな。

―……。目標額はあるんですか?

小泉 3億円ですね。

―そんなに貯めてどうするんですか!? 何か目的でも?

小泉 目的も何も、金を貯めて安心したいだけです。僕、超がつくほど心配性なんです。会社員である以上、リストラの可能性もゼロじゃないし、仮に独立した場合は生活資金もかかる。それに親が要介護になったらどうしようとか…とにかく将来に対する漠然とした不安があって。それを解消するには大卒の生涯賃金といわれる3億円くらいは貯めないと。

―すると小泉さんにとっては結婚も不安のもとだったり?

小泉 まさに。僕は安易に結婚して家族を養いたい、子供が欲しいなんて思えない。そんなのリスクが高すぎる! それに最近の女性って、女であることを理由にズルするじゃないですか。「私は結婚したら仕事はしない」とか平気で言いそうだし。

友達もいない、性欲もない

―うーん。何かと心配しすぎな気がするんですが…。

小泉 鈍感ってひとつの才能なんですよ。僕はとてもあなたのように鈍感ではいられない。家族を持つことへの憧れが将来の不安に勝ることはないです。

―両親に「結婚しないのか」とか言われたりしませんか?

小泉 20代までは母親から言われましたけど、最近はないです。だから結婚について真剣に考えたこともないし、大学時代に2年ほど付き合った女性がいたんですけど、そのコが最初で最後の女性ですね。

―ぶっちゃけ、性欲の処理ってどうしてるんですか?

小泉 20代の頃は月に1、2回ソープに行ってましたが、32歳あたりから急に性欲が落ちて…。今はオナニーも半年に1回するかしないか、ですね。

―マズいですね。何か投資以外の趣味はないんですか?

小泉 下戸なので酒も飲まないし、映画やライブにも行きません。要するに、見返りがないものには興味がないんですよ。

―友達と遊んだりもしない?

小泉 今現在、友達といえる人はひとりもいません。

―素朴な疑問ですが、小泉さんにとっての楽しみって?

小泉 投資が成功して、貯蓄が増える瞬間ですね。自分の読みと運がついて倍以上に増えた時の喜び、その魅力に取り憑(つ)かれている感じですね。

―神経がすり減りませんか?

小泉 …正直、ツラいですよ。でもやめられないんです。なので、最低限の安定を確保するためにも実家は出られませんね。

(構成/藤村はるな 河合桃子)

●さらに別のふたりのケースを明日、配信予定!